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悪いことするのリア充ばっかりや

1 :('A`):2010/07/29(木) 12:18:43 0
★【公判ライブ 秋葉原17人殺傷】

・弁護人「中学時代、学校の成績は良かったのですか」
 被告「はい。母親に教材を与えられてやっていました」
 弁護人「10番以内の成績という母親との約束は守れていたのですか」
 被告「秋の(ソフトテニスの)新人戦までは守っていましたが、それ以降は(10番以内という
  条件は)なくなりました」
 弁護人「その後はどのくらいの成績だったのですか」
 被告「それでも20番前後程度だったと思います」

 《続いて、弁護人は加藤被告の“恋愛遍歴”についても質問していった》
 弁護人「中学の頃、女の子と付き合ったことはありますか」
 被告「はい。覚えているのは2人です」
 弁護人「初めて付き合ったのは?」
 被告「中学2年のころです。クラスメートです」「一緒に学校から帰るとかです。何となく始まって、何となく終わりました」
 弁護人「2人目は?」
 被告「中学3年の時です。やはり何となく始まって何となく終わった感じでした」
 弁護人「自然消滅したということですか」
 被告「いいえ。母親に『あの子と付き合うのはやめなさい』と言われました」
 弁護人「なぜ付き合っているのが、お母さんに分かってしまったのですか」
 被告「自室の机の引き出しの中の手紙を発見されたのです」

 《母親は加藤被告の机を勝手にのぞいて手紙を見つけ、「付き合いをやめないと転校させる」と迫ったという》
 弁護人「反抗はしなかったのですか」
 被告「したところで転校させられるのは明らかなのでしませんでした」(抜粋)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100727-00000552-san-soci


2 :('A`):2010/07/29(木) 12:19:42 0
A.「高校〜短大、警備員時代」 〜"加藤と証人との食い違い"
1、青森高校(実は母親の出身校でもある)入学時には北海道大学工学部を志望していたが、成績不振で3年進級時に短期大学志望に変更
 ・中学時代の同級の証言「加藤は青森高校から北海道大学を卒業して、トヨタ自動車に入社して車の設計をする自分を夢見ていた」
 ・学校側の証言「進路相談の際には『将来の夢は自動車のエンジニア。中部圏の学校に行けば、トヨタなど自動車メーカーへの就職が有利だ』と語っていました」

 ・加藤「(青森高校には)むしろ行きたくありませんでした。工業高校か地元の私立の高校に行きたいと思っていました」

 なお、こういうやりとりがある
 (弁護人「入学してからの成績はどうでしたか」)
 加藤「最初の試験はビリから2番目でした」
 (弁護人「進学校で挫折したという見方をされるのをどう思いますか」)
 加藤「自分では挫折と思っていません。必死で勉強やってだめなら挫折かもしれないけれど」

2、岐阜県にある自動車整備士養成の中日本自動車短期大学自動車工学科に入学したが、整備士資格取得に失敗
 ・担当講師の証言「技術講習の欠席が目立っていて、心配して進路について聞くと、『中学校の教員になるため、四年制大学に編入したい』とのことでした」
 ・学校側の資料「卒業時点での進路調査には『弘前大学希望』と書いています」

 ・加藤(弁護人「短大で自動車整備士の資格を取得しなかったのはなぜですか」)
  「自分の奨学金が父親に振り込まれたのですが、父親が渡してくれなかったことへのアピールで、父になぜだろうと考えさせたかった。
   思い当たるふしがあって、関連づければ気づくだろうと思いました」

3、短大卒業後、仙台に住む友人の家に居候し、さらに実家に懇願して資金援助を受け仙台のアパートを借り受ける
  3ヶ月後、警備会社(交通誘導・アルバイト)の仕事に就くが、約1年半後の平成17年2月で退職する
 ・警備会社の証言「退職理由は『自動車関係の仕事がしたいから』とのことでした」

 ・加藤「待遇というよりも、所長に提案しても許可も採用もされず、手応えがなかった。それが理由です。所長へのアピールで辞めました」


3 :('A`):2010/07/29(木) 12:20:26 0
B.「派遣社員時代」〜"アピール"
加藤は警備会社を退職後、両親には何も告げずにアパートを引き払い、仙台市内の友人の家に居候を始める

(弁護人「両親がアパートに訪ねてくると思わなかったのですか」)
 加藤「そこまで考えていませんでした」
(弁護人「心配すると思いませんでしたか」)
 加藤「両親のことは頭にありませんでした」

約1ヶ月後、加藤は派遣会社に派遣登録して、平成17年4月から埼玉県内の自動車工場で働き始める
この間にローンで車を購入したりするが、わずか1年足らずで突然いなくなってしまう

(弁護人「(車の)ローンがあるのにどうして仕事を辞めたのですか」)
 加藤「自分が担当する製品の部品の置き方について正社員の人に相談したところ、『派遣のくせに。黙ってろ』といわれ、
     正社員へのアピールのためにも辞めました」
(弁護人「派遣のくせに、といわれたことで何か行動は取りましたか」)
 加藤「派遣元の上司に相談したところ、派遣先の上司と話をしたらしく、話はつけてあると言われました」
(弁護人「なぜ、それでも辞めたのですか」)
 加藤「職場の上司からも『もう少しがんばろう』とか『よくやっている』といわれたりしましたが
     結局、『派遣のくせに』と言った正社員からは何もいわれなかったことが引っかかっていました」
(弁護人「なぜ、『派遣のくせに』といわれて腹が立ったのですか」)
 加藤「がんばっていたのでショックも大きかったんだと思います」
(弁護人「なぜ直接、派遣先の上司に相談できなかったのですか」)
 加藤「そもそもそういうことは思いつきませんでした」
(弁護人「退職の手続きはきちんとしたのですか」)
 加藤「いや。ある日突然会社からいなくなりました」
(弁護人「なぜですか」)
 加藤「急にいなくなることが、会社へのアピールの形だと思ったからです」
(弁護人「それで派遣先の上司に(加藤被告の思いが)伝わると思ったのですか」)
 加藤「そうです」



4 :('A`):2010/07/29(木) 12:21:11 0
C.「茨城の工場〜自殺騒動、そして実家へ」
派遣会社を辞めたあと、加藤は仙台の友人宅などを転々とする
約1ヶ月後の平成18年5月、茨城県つくば市の住宅関連部品の工場で働き始める
が、そのわずか3ヶ月後に自殺を企て、突然いなくなってしまう

 加藤「8月31日に青森県の道路で車に乗って対向車線を走るトラックに正面衝突しようと思いました」
(弁護人「どうして8月31日なのですか」)
 加藤「借りていた額は10万円程度でしたが、サラ金会社の返済期限が8月31日だったからです。
     限度額ぎりぎりまでカードを使い切ってから死のうと思いました」
(弁護人「自殺する前に会社を辞めて身辺をきれいにしようとは思いませんでしたか」)
 加藤「思いませんでした。どうせ死ぬのだからあとはどうでもいいと」
(弁護人「その日の行動を説明してください」)
 加藤「朝に、弘前市内のコンビニで酒を飲んで、速度が出せるバイパスに向けて出発しました」
 加藤「その前に、自殺するというメールを青森の友人に送り、母親に自殺をするという電話をしました」
(弁護人「内容は?」)
 加藤「トラックに車でつっこんで自殺をするといった内容です」
 加藤「決意して、いよいよこれからという時にメールの着信があり、気になったので車を止めようと思いました。
     Uターンしようとしたところ、縁石に車をぶつけて走行不能になりました」
(弁護人「走行不能になり、自殺の考えは変わりましたか」)
 加藤「あきらめず、応急修理をしてもらおうと考えました。
     レッカーを呼んで、ディーラーに車を持って行き、一時的に走れるようにしてもらおうと考えました」
(弁護人「何のために」)
 加藤「もう一度自殺するためです」
(弁護人「この車を使うこと以外は考えなかったのですか」)
 加藤「考えませんでした」
(弁護人「なぜ?」)
 加藤「メールで予告しているし、それ以外の方法で自殺するわけにはいかないと考えました」

修理を断られた加藤は行き場を失い、事故車とともに3年振りに実家へ

(弁護人「母親に会って何と言われましたか」)
 加藤「『良く帰ってきたね』と」


5 :('A`):2010/07/29(木) 12:22:02 0
D.「地元の運送会社時代」〜"最後のチャンスを放棄した加藤"
実家に戻った加藤は、母親に温かく迎えられた
しばらくは仕事もしなかったが、祖父の葬式で送迎のため車を運転した際に親戚から運転をほめられたことで、
運転手を目指すようになる
平成19年1月、地元・青森市の運送会社に就職

 加藤「やりがいはありました」

母親との関係は良好で、単身赴任中の父親からも「ずっと家にいればいい」と優しい言葉をかけられた

ところが、9月になって突如退職を願い出る
退職理由は「家庭の事情」

 運送会社の幹部の証言「両親の離婚問題で悩んでいるようだった」

離婚騒動を気にかけた母親の奨めで青森市内で再び一人暮らしを始めた加藤は、その直後に退職を願い出る
そして退職後、「ジョブカフェあおもり」に行って就職相談をしている
このとき、加藤容疑者が握りしめていたのは、県外の自動車工場の求人票だった

かくして、2ヶ月後の平成19年11月、派遣会社に入って裾野の自動車工場へ行くことになるのだが…
実は運送会社を辞めてから派遣会社に入るまでのこの2ヶ月間に、あの「全国『夜這い』旅行」は行われていたのだ



6 :('A`):2010/07/29(木) 12:22:46 0
E.「全国『夜這い』旅行〜再び派遣会社へ」〜"スミマセン、スミマセン"
加藤は平成19年の夏から、ある携帯のインターネット掲示板に頻繁にメッセージを書き込んでいた
自身の寂しい境遇を自虐的に書き込む加藤は、「かまってちゃん」と呼ばれた

平成19年9月…あの地元の運送会社を退職した直後、「両親の離婚問題で悩んでいる」はずの加藤は、
掲示板の管理人や利用者を車で訪ねて全国を回る旅の企画をたてていた

平成19年9月17日、加藤はユーザーのひとりである、群馬在住のバツ1の子持ちの女性を訪問する
日帰りで別れる予定が、女性が子どもと暮らす6畳のアパートに2泊も泊まった

 女性「女の子と遊んだことないって言うから喜んでもらえたらと……。
    昼間はプリクラを撮り、カラオケに行った。UFOキャッチャーがうまくて、わたしも楽しかった。
    夜は家でお酒を飲んだ」

加藤は酒を飲むと涙もろく、不細工な容姿に対するコンプレックスについて語ったという
3日目に旅立ち、兵庫や福岡を回り、9月25日に再び群馬に立ち寄った
ここまでは何事もなかったが、約1カ月後、加藤は彼女の前にみたび現れた

夜、酒を飲んだ後、女性が横になって目をつぶると、胸をツンツンと指でつついた
その日は寝ているフリをしてやり過ごした
翌日は別の友人も来て泊まっていた。そして女性が酒を飲んで寝入った翌朝のこと

 女性「重くて目を覚ますと、彼が上に乗っていました。『どいてくれる?』と言ったら、首を横に振りました」

女性が再度やめるように諭すと、「スミマセン、スミマセン」と言いながら外へ飛び出してしまった
その後、加藤は荷物を取りに戻り、女性宅でシャワーを浴びた
その間、開いたカバンの中にコンドームが見えた
問い詰められると、「違う。そんなつもりじゃない。実は死ぬつもりで青森を出てきた」と打ち明け始めた


この数日後、加藤は派遣会社に入り、運命の裾野の自動車工場へと旅立つ



7 :('A`):2010/07/29(木) 12:57:26 0
こんな行動力あるなら
レイプ行脚でもすればよかったのにな
少しは気も晴れたろうに

8 :('A`):2010/07/29(木) 14:24:13 0
大体の人間はリア充なんじゃね

9 :('A`):2010/07/29(木) 17:51:10 0 ?2BP(560)
彼女居たのは意外だった

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