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【尚武の】◇◇◇三島由紀夫◆◆◆【こころ】

1 :右や左の名無し様:2009/11/03(火) 11:24:37 ID:???
檄文
http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html
演説文
http://www.geocities.jp/kyoketu/61051.html

三島由紀夫(本名、平岡公威)
http://image.rakuten.co.jp/auc-artis/cabinet/s-2540.jpg
http://www.c21-smica.com/blog_century21_nobu/img_1596165_27088893_0.jpg
大正14年(1925年)1月14日、東京都四谷区(新宿区)永住町2に
父・平岡梓(元農林省水産局長)、母・倭文重の長男として誕生。

三島由紀夫関連過去スレ検索
http://makimo.to:8000/cgi-bin/search/search.cgi?q=%8EO%93%87%97R%8BI%95v&sf=2&all=on&view=table

2 :右や左の名無し様:2009/11/03(火) 11:44:18 ID:???
日本はみかけの安定の下に、一日一日魂のとりかへしのつかぬ癌症状をあらはしてゐるのに、
手をこまぬいてゐなければならなかつた。
もつともわれわれの行動が必要なときに、状況はわれわれに味方しなかつたのである。
(中略)
日本が堕落の淵に沈んでも、諸君こそは、武士の魂を学び、武士の錬成を受けた、最後の日本の若者である。
諸君が理想を放棄するとき、日本は滅びるのだ。
私は諸君に、男子たるの自負を教へようと、それのみ考へてきた。
一度楯の会に属したものは、日本男児といふ言葉が何を意味するか、終生忘れないでほしい、と念願した。
青春に於て得たものこそ終生の宝である。決してこれを放棄してはならない。

三島由紀夫
遺言「楯の会会員たりし諸君へ」より

3 :大日本報靖會 ◆lZCvso1D7U :2009/11/03(火) 20:11:05 ID:95R+rV7k
三島由紀夫先生は日本の将来を憂いておられた。
楯の会の世代のあとは日本の武士はいなくなると思ったかもしれない。

しかし、俺らの世代も文武を磨いて立派な武士になれることを
証明しようではないか。

日本の精神、文化、価値の源でおられる天皇の下、海ゆかば山ゆかば我々は
武士たることを貫く。男の中の男であることを世界に示し続ける。


4 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2009/11/03(火) 20:26:54 ID:???
もうすぐ11月25日ですね。毎年集い追悼祭を行なっております。両烈士の精神を継承し続けたいものです。

5 :大日本報靖會:2009/11/03(火) 21:25:29 ID:???
大事な話なんで、渾身の反米魂と反ポチ魂をもって
…とりわけポチアウンサン・スーチーとポチラビア・カーディルの従米反亜路線を憎みつつ…
繰り返す!!!!


三島由紀夫先生は日本の将来を憂いておられた。
楯の会の世代のあとは日本の武士はいなくなると思ったかもしれない。

しかし、俺らの世代も文武を磨いて立派な武士になれることを
証明しようではないか。
日本の精神、文化、価値の源でおられる天皇の下、海ゆかば山ゆかば我々は武士たることを貫く。男の中の男であることを世界に示し続ける。

だから…武士の情けで共和国を許そうよ!
そう鈴木邦男先生も言ってるし。

大日本報靖會 ◆lZCvso1D7Uを名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事
◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事
◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事
◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから
◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ
◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事

6 :右や左の名無し様:2009/11/03(火) 22:19:39 ID:???
>>5
トリップがないあなたは>>3の方とは別の方でしょうか。
三島由紀夫は、アジアだから全部いいとか単純な見解ではないですよ。
中国共産党の文化大革命へ抗議声明を出してますし、反日教育をしている朝鮮学校の批判もしています。

7 :大日本報靖會 ◆lZCvso1D7U :2009/11/03(火) 22:51:37 ID:???
>>5は私ではありません。
つまらないので相手にしないほうがいいですよ。

8 :大日本報靖會:2009/11/03(火) 23:11:12 ID:???
>>6

3と5は私です。

7は私(大日本報靖會 ◆lZCvso1D7U)の偽物です。

おそらく7は三島先生とアジア人が嫌いなのでせう。


大日本報靖會 ◆lZCvso1D7Uを名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事
◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事
◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事
◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから
◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ
◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事

9 :右や左の名無し様:2009/11/03(火) 23:14:22 ID:qyNy63LZ
>>8
なにが楽しくて生きているのですか?

10 :大日本報靖會 ◆lZCvso1D7U :2009/11/03(火) 23:27:14 ID:95R+rV7k
>>9
>>8も俺ではありません。
たぶん身体障害者で、ほとんど外出できないので一日中ネット
やってる気の毒な人なのでせう。

だから健康な尚武の私達に妬みや怨恨を持って、嫌がらせに同じような
書き込みをしているようですが、根性もまがっていますね。


11 :大日本報靖會:2009/11/04(水) 06:20:44 ID:???
>>9
楽しみは米帝を粉砕した後までお預けです。
そして新右翼義勇軍としてワシントン攻略作戦に参加し、勝利目前に敵の放った最後の一発の弾に当たって散華する…
そんな「もののふとしての生き様」を示したい!
と念じて日々米帝やポチやネオナチと戦ってます。

ちなみに10は私(大日本報靖會 ◆lZCvso1D7U)の偽物です。
7の偽物と同一と思われます。10にて本物である私を誹謗中傷していますが、その書き込みの内容は結局10=7の毎日の生活を自己告白してるのでしょう。
反米愛国新右翼である私には無縁の腐った豚のような生き方です。


大日本報靖會 ◆lZCvso1D7Uを名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事

12 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 11:15:50 ID:???
国体は日本民族日本文化のアイデンティティーを意味し、政権交替に左右されない恒久性をその本質とする。
政体は、この国体維持といふ国家目的民族目的に最適の手段として、国民によつて選ばれるが、政体自体は
国家目的追求の手段であつて、それ自体、自己目的的なものではない。
民主主義とは、継受された外国の政治制度であり、あくまで政体以上のものを意味しない。
これがわれわれの思考の基本的な立場である。
旧憲法は国体と法体系の間の相互の投影を完璧にしたが、現憲法は、これを明らかにしてゐないことは
前述の通りである。
けだし、国体の語を広義に解釈すれば、現憲法は二種の国体、二つの忠誠対象を、分裂させて持つてをり、
且つ国民の忠誠対象をこの二種の国体へ分裂させるやうに仕組まれてゐるからである。

三島由紀夫
「問題提起」より

13 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 11:23:56 ID:???
国体は本来、歴史・伝統・文化の時間的連続性に準拠し、国民の永い生活経験と文化経験の集積の上に
成立するものであるが、革命政権における国体とは、いふまでもなく、このやうなものではない。
革命政権における国体は、未来理想社会に対する一致した願望努力、国家超越の契機を内に秘めた世界革命の
理想主義をその本質とするであらう。
ところが、奇妙なことに現行憲法は、この相反する二種の国体概念を、(おそらく国論分裂による
日本弱体化といふ政治的企図を含みつつ)、並記してゐるのである。
これが憲法第一章と第二章との、戦後の思想的対立の根本要因をなす異常なコントラストである。
…第九条についてはあとで詳述するが、国際連合憲章の理想主義と、左派の戦術的非戦論とが癒着した
この九条において、正に同一の条項が、一方では非武装平和主義の仮面の下に浸透した左翼革命勢力の抵抗の
基盤をなしたのであつた。

三島由紀夫
「問題提起」より

14 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 11:28:47 ID:???
(中略)
…国体と政体の別を明らかにし、本と末の別を立て、国にとつて犯すべからざる恒久不変の本質と、
盛衰を常とする政体との癒着を剥離することこそ、国の最大の要請でなければならない。
そのためには、憲法上、第一章と第二章とが到底民族的自立の見地から融和すべからざるものであり、
この民族性の理念と似而非国際主義の理念との対立矛盾が、エモーショナルな国民の目前に、はつきり
露呈されることが何よりも緊要である。
このことは、グロテスクな誇張を敢てすれば、侵略戦争の宣戦布告をする天皇と、絶対非武装平和の
国際協調主義との、対立矛盾を明示せよ、といふのではない。むしろその反対である。
もし現憲法の部分的改正によつて、第九条だけが改正されるならば、日本は楽々と米軍事体制の好餌になり、
自立はさらに失はれ、日本の歴史・伝統・文化は、さらに危殆に瀕するであらう。

三島由紀夫
「問題提起」より

15 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 19:20:42 ID:???
…女体と性体の別を明らかにし、本と末の別を立て、国にとつて犯すべからざる恒久不変の本質と、
盛衰を常とする女体との癒着を剥離することこそ、男の最大の要請でなければならない。
そのためには、性交術の、第一章と第二章とが到底男性器自立の見地から融和すべからざるものであり、
この風俗性の理念と似而非国際慰安婦主義の理念との対立矛盾が、エモーショナルな劣情を目前に、はつきり
露呈されることが何よりも緊要である。
このことは、グロテスクな誇張を敢てすれば、扶助奉公侵略戦争の精気宣戦布告をするマラと、絶対非武装平和の
国際オメコ協調主義との、対立矛盾を明示せよ、といふのではない。むしろその反対である。
もし現性交法の部分的改正によつて、第九条だけが改正されるならば、日本は楽々と碾き臼体制米軍事体制の好餌になり、
自立はさらに失はれ、日本の歴史・伝統・文化は、さらに危殆に瀕するであらう。


16 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 22:29:43 ID:???
>>14つづき
われわれは、第一章、第二章の対立矛盾に目を向け、この対立矛盾を解消することによつて、日本の
国防上の権利(第二章)を、民族目的(第一章)に限局させようと努め、その上で真の自立の平和主義を、
はじめて追求しうるのである。
従つて、第一章の国体明示の改正なしに、第二章のみの改正に手をつけることは、国家百年の大計を
誤るものであり、第一章改正と第二章改正は、あくまで相互のバランスの上にあることを忘れてはならない。
さて、何故に第一章の「国体」は、国民の忠誠対象として衰退したか?
それはあくまで教育と政策の結果である。
(中略)
…「忠誠」だけは有難迷惑な贈物であり、これを拒絶する装置も隠密周到に作られた。
しかし忠誠を拒絶することは、自ら国体たることを否定する態度に他ならないから、やむなく大衆は無際限に
その忠誠をうけ入れてくれる第九条のはうを現時の国体と考へるにいたつたのも無理はない。
尤もこれらの皇室政策が、天皇御自身の御意向に添うたものである、と私は言はうとしてゐるのではない。
事勿れ主義の官僚群が作つたものであることは明らかである。

三島由紀夫
「問題提起」より

17 :右や左の名無し様:2009/11/04(水) 22:31:18 ID:???
もしかりに、一定妥協して、不十分ながら第一章が日本の「国」とは何ぞやといふことを規定してゐるとしても、
第二章は明らかに、国家超克の人類的理想について述べてゐる。
第一章が「国のため」といふ理念を一応掲げてゐると仮定しても、第二章が掲げてゐるのは
「人類のため」といふ理念である。国民の側から云へば、国家意志の不明確である。
これらの茫獏たる規定から演繹される国家最高の理念とは、人命尊重のヒューマニズムに尽き、平時は
それでよいが、ひとたび危機に際会すると、一九七〇年春のハイジャック事件のやうに、韓国、北鮮がそれぞれ
明白に国家意志を表明したのに、ひとり日本は、人命尊重のヒューマニズム以上のものを表明することができず、
しかもこのヒューマニズムには存分に偽善が塗り込められるといふ醜態をさらしたのであつた。

三島由紀夫
「問題提起」より

18 :右や左の名無し様:2009/11/05(木) 10:40:44 ID:5+XMAKbz
――さて、逐条的に現憲法の批判に入ると、
第一条(天皇の地位・国民主権)天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条(皇位の継承)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、
これを継承する。
とあるが、第一条と第二条の間には明らかな論理的矛盾がある。
すなはち第一条には、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるが、第二条には、
「皇位は、世襲のものであつて」とあり、もし「地位」と「皇位」を同じものとすれば、
「主権の存する日本国民の総意に基く」筈のものが、「世襲される」といふのは可笑しい。
世襲は生物学的条件以外の条件なき継承であり、「国民の総意に基く」も「基かぬ」もないのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

19 :右や左の名無し様:2009/11/05(木) 10:47:36 ID:5+XMAKbz
又、もしかりに一歩ゆづつて、「主権の存する日本国民の総意」なるものを、一代限りでなく、各人累代
世襲の総意とみとめるときは、「世襲」の語との矛盾は大部分除かれるけれども、個人の自由意志を超越した
そのやうな意志に主権が存するならば、それはそもそも近代個人主義の上に成立つ民主主義と矛盾するであらう。
又、もし、「地位」と「皇位」を同じものとせず、「地位」は国民の総意に基づくが、「皇位」は世襲だと
するならば、「象徴としての地位」と「皇位」とを別の概念とせねばならぬ。
それならば、世襲の「皇位」についた新らしい天皇は、即位のたびに、主権者たる「国民の総意」の査察を受けて、
その都度、「象徴としての地位」を認められるか否か、再検討されなければならぬ。
しかもその再検討は、そもそも天皇制自体の再検討と等しいから、ここで新天皇が「象徴としての地位」を
否定されれば、必然的に第二条の「世襲」は無意味になる。
いはば天皇家は、お花の師匠や能役者の家と同格になる危険に、たえずさらされてゐることになる。

三島由紀夫
「問題提起」より

20 :右や左の名無し様:2009/11/05(木) 10:50:13 ID:5+XMAKbz
私は非常識を承知しつつ、この矛盾の招来する論理的結果を描いてみせたのであるが、このやうな矛盾は明らかに、
第一条に於て、天皇といふ、超個人的、伝統的、歴史的存在の、時間的連続性(永遠)の保証者たる機能を、
「国民主権」といふ、個人的、非伝統的、非歴史的、空間的概念を以て裁いたといふ無理から生じたものである。
これは、「一君万民」といふごとき古い伝承観念を破壊して、むりやりに、西欧的民主主義理念と天皇制を
接着させ、移入の、はるか後世の制度によつて、根生の、昔からの制度を正当化しようとした、方法的誤謬から
生れたものである。
それは、キリスト教に基づいた西欧の自然法理念を以て、日本の伝来の自然法を裁いたものであり、
もつと端的に言へば、西欧の神を以て日本の神を裁き、まつろはせた条項であつた。

三島由紀夫
「問題提起」より

21 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 05:53:10 ID:q2A7rric


   誰も読んでないお

22 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 10:38:32 ID:gVKGR4LX
>>20つづき
われわれは、日本的自然法を以て日本の憲法を創造する権利を有する。
天皇制を単なる慣習法と見るか、そこに日本的自然法を見るかについては、議論の分れるところであらう。
英国のやうに慣習法の強い国が、自然法理念の圧力に抗して、憲法を不文のままに置き、慣習法の運用によつて、
同等の法的効果と法的救済を実現してゆくが如き手続は、日本では望みがたいが、すべてをフランス革命の
理念とピューリタニズムの使命感で割り切つて、巨大な抽象的な国家体制を作り上げたアメリカの法秩序が、
日本の風土にもつとも不適合であることは言ふ俟たない。
現代はふしぎな時代で、信教の自由が先進諸国の共通の表看板になりながら、十八世紀以来の西欧人文主義の
諸理念は、各国の基本法にのしかかり、これを制圧して、これに対する自由を許してゐないのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

23 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 10:42:45 ID:gVKGR4LX
われわれがもしあらゆる宗教を信ずることに自由であるなら、どうして近代的法理念のコンフォーミティーから
だけは自由でありえない、といふことがあらうか?
又逆に、もしわれわれが近代的法理念のコンフォーミティーからは自由でありえないとするならば、習俗、伝習、
文化、歴史、宗教などの民族的固有性から、それほど自由でありうるのだらうか?
それは又、明治憲法の発祥に戻つて、東洋と西洋との対立融合の最大の難問に、ふたたび真剣にぶつかることであるが、
敗戦の衝撃は、一国の基本法を定めるのに、この最大の難問をやすやすと乗り超えさせ、しらぬ間に、日本を、
そのもつとも本質的なアイデンティティーを喪はせる方向へ、追ひやつて来たのではなかつたか?
天皇の問題は、かくて憲法改正のもつとも重要な論点であつて、何人もこれを看過して、改憲を語ることはできない。

三島由紀夫
「問題提起」より

24 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 11:09:38 ID:gVKGR4LX
これについて幾多の問題点が考へられる。天皇のいはゆる「人間宣言」は至当であつたか?
新憲法によれば、「儀式を行ふこと」(第七条第十項)とニュートラルな表現で「国事行為」に辛うじて
のこされてゐるが、歴史・伝統・文化の連続性と、国の永遠性を祈念し保障する象徴行為である祭祀が、
なほ天皇のもつとも重要な仕事であり、存在理由であるのに、国事行為としての「儀式」は、神道の祭祀を
意味せぬものと解され、祭祀は天皇家の個人的行事になり、国と切り離されてゐる。
しかし天皇が「神聖」と完全に手を切つた世俗的君主であるならば、いかにして「象徴」となりえよう。
「象徴」が現時点における日本国民および日本国のみにかかはり、日本の時間的連続性と関はりがないならば、
大統領で十分であつて、大統領とは世襲の一点においてことなり、世俗的君主とは祭祀の一点においてことなる
天皇は、正にその時間的連続性の象徴、祖先崇拝の象徴たることにおいて、「象徴」たる特色を担つてゐるのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

25 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 13:21:22 ID:???
われわれがもしあらゆる性技を感得することに自由であるなら、どうして近代的性交理念のコンフォーミティーから
だけは自由でありえない、といふことがあらうか?
又逆に、もしわれわれが近代的性交技術理念のコンフォーミティーからは自由でありえないとするならば、風俗、習俗、伝習、
文化、歴史、宗教などの民族的風俗営業の固有性から、それほど自由でありうるのだらうか?
それは又、共和国憲法の発祥に戻つて、東洋と西洋との対立融合の最大の難問に、ふたたび真剣のまらにぶつかることであるが、
早漏射精の衝撃は、男の基本を確定劣化と定めるのに、この最大の難問をやすやすと乗り超えさせ、しらぬ間に、慰安婦を、
そのもつとも本質的なアイデンティティーバージンを喪はせる方向へ、追ひやつて来たのではなかつたか?
慰安婦の問題は、かくて共和国憲法改正のもつとも重要な論点であつて、金将軍様は何人もこれを看過して、性技を語ることはできない。


26 :ふざけた奴 ◆X49...FUZA :2009/11/06(金) 19:24:47 ID:u6wGSq+e
非人が日本語んなっつうの。

27 :右や左の名無し様:2009/11/06(金) 21:14:53 ID:???
19 名前:巫山戯為奴 ◆X49...FUZA [] 投稿日:2009/01/14(水) 17:59:14 ID:oH+CY5k0
水杯は水だと思うが、首相が川原乞食では日本人の命の重さが髪の毛程も無いて言うか、
日本人を皆殺しにしちまいて言うのは朝鮮通信士からの文献からも明らかですから。














これが日本語かよw


28 :右や左の名無し様:2009/11/07(土) 15:22:10 ID:rGA6XoiI
>>24つづき
天皇が「神聖」と最終的につながつてゐることは、同時に、その政治的無答責性において、現実所与の変転する
政治的責任を免かれてゐればこそ、保障されるのである。
これを逆に言へば、天皇の政治的無答責は、それ自体がすでに「神聖」を内包してゐると考へなければ
論理的でない。なぜなら、人間であることのもつとも明確な責任体系こそ、政治的責任の体系だからである。
そのやうな天皇が、一般人同様の名誉毀損の法的保護しか受けられないのは、一種の論理的詐術であつて、
「栄典授与」(第七条第七項)の源泉に対する国自体の自己冒涜である。

三島由紀夫
「問題提起」より

29 :右や左の名無し様:2009/11/07(土) 15:26:26 ID:rGA6XoiI
「神聖不可侵」の規定の復活は、おのづから第二十条「信仰の自由」の規定から、神道の除外例を要求するだらう。
キリスト教文化をしか知らぬ西欧人は、この唯一神教の宗教的非寛容の先入主を以てしか、他の宗教を
見ることができず、英国国教のイングランド教会の例を以て日本の国家神道を類推し、のみならずあらゆる
侵略主義の宗教的根拠を国家神道に妄想し、神道の非宗教的な特色性、その習俗純化の機能等を無視し、
はなはだ非宗教的な神道を中心にした日本のシンクレティスム(諸神混淆)を理解しなかつた。
敗戦国の宗教問題にまで、無智な大斧を揮つて、その文化的伝統の根本を絶たうとした占領軍の政治的意図は、
今や明らかであるのに、日本人はこの重要な魂の問題を放置して来たのである。
天皇は、自らの神聖を恢復すべき義務を、国民に対して負ふ、といふのが私の考へである。

三島由紀夫
「問題提起」より

30 :右や左の名無し様:2009/11/07(土) 15:28:11 ID:rGA6XoiI
一方、旧憲法の天皇大権は大幅に制約されて然るべく、天皇の政治上の無答責は憲法上に明記されねばならないが、
第二章への遠慮によつて、天皇の栄典授与の国事行為ですら、文官に対してのみ公然となされてゐる不均衡
不自然は、九条の変更によつて、直ちに改められるであらう。
但し、事軍事に関しては、旧憲法の「統師権独立」規定の惨憺たる結果を見るにつけ、決して天皇にその
最終指揮権を帰属せしむべきではない。

三島由紀夫
「問題提起」より

31 :右や左の名無し様:2009/11/08(日) 17:40:53 ID:bDQCjTsU
…第九条第二項の「前提の目的を達するため」を、「前提の目的を達するために限り」と強ひて限定的に解し、
国際紛争を解決する手段としての戦争を永久に放棄するために限り、戦力を保持しないが、それ以外の自衛の
目的のためには保持しうるとして、自衛隊の法的根拠とするすこぶる苦しい法解釈である。
これが通常の日本文の語訳として奇怪きはまるものであることはいふまでもない。
ありていに言つて、第九条は敗戦国日本の戦勝国に対する詫証文であり、この詫証文の成立が、日本側の
自発的意志であるか米国側の強制によるかは、もはや大した問題ではない。
ただこの条文が、二重三重の念押しをからめた誓約の性質を帯びるものであり、国家としての存立を危ふくする
立場に自らを置くものであることは明らかである。
論理的に解すれば、第九条に於ては、自衛権も明白に放棄されてをり、いかなる形においての戦力の保有も
ゆるされず、自衛の戦ひにも交戦権を有しないのである。
全く物理的に日本は丸腰でなければならぬのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

32 :右や左の名無し様:2009/11/08(日) 17:42:59 ID:bDQCjTsU
(中略)
第九条のそのままの字句通りの遵奉は、「国家として死ぬ」以外にはない。しかし死ぬわけには行かないから、
しやにむに、緊急避難の理論によつて正当化を企て、御用学者を動員して、牽強附会の説を立てたのである。
自衛隊は明らかに違憲である。しかもその創設は、新憲法を与へたアメリカ自身の、その後の国際政治状況の
変化による要請に基づくものである。
(中略)
護憲のナショナリスティックな正当化は、あくまで第九条の固執により、片やアメリカのアジア軍事戦略体制に
乗りすぎないやうに身をつつしみ、片や諸外国の猜疑と非難を外らさうといふ、消極弥縫策にすぎず、
国内的には、片や「何もかもアメリカの言ひなりにはならぬぞ」といふナショナリスティックな抵抗を装ひ、
片や「平和愛好」の国民の偸安におもねり、大衆社会状況に迎合することなのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

33 :右や左の名無し様:2009/11/08(日) 17:53:04 ID:bDQCjTsU
>>32訂正
(中略)第九条のそのままの字句通りの遵奉は、「国家として死ぬ」以外にはない。しかし死ぬわけには行かないから、
しやにむに、緊急避難の理論によつて正当化を企て、御用学者を動員して、牽強附会の説を立てたのである。
自衛隊は明らかに違憲である。しかもその創設は、新憲法を与へたアメリカ自身の、その後の国際政治状況の
変化による要請に基づくものである。(中略)
護憲のナショナリスティックな正当化は、あくまで第九条の固執により、片やアメリカのアジア軍事戦略体制に
乗りすぎないやうに身をつつしみ、片や諸外国の猜疑と非難を外らさうといふ、消極弥縫策にすぎず、国内的には、
片や「何もかもアメリカの言ひなりにはならぬぞ」といふナショナリスティックな抵抗を装ひ、片や「平和愛好」の
国民の偸安におもねり、大衆社会状況に迎合することなのである。
しかもアメリカの絶えざる要請にしぶしぶ押されて、自衛隊をただ「量的に」拡大し、兵器体系を改良し、
もつとも厄介な核兵器問題への逢着を無限に延させるために、平和憲法下の安全保障の路線を、無目的無理想に
進んでゆくことである。

三島由紀夫
「問題提起」より

34 :右や左の名無し様:2009/11/09(月) 10:53:11 ID:xwlHyHYC
…核と自主防衛、国軍の設立と兵役義務、その他の政策上の各種の難問題は、九条の裏面に錯綜してゐる。
しかしここでは、私は徴兵制度復活には反対であることだけを言明しておかう。
(中略)
私は九条の改憲を決して独立にそれ自体として考へてはならぬ、第一章「天皇」の問題と、第二十条
「信教の自由」に関する神道の問題と関連させて考へなくては、折角「憲法改正」を推進しても、却つて
アメリカの思ふ壷におちいり、日本が独立国家として、日本の本然の姿を開顕する結果にならぬ、と再々力説した。
たとへ憲法九条を改正して、安保条約を双務条約に書き変へても、それで日本が独立国としての体面を
回復したことにはならぬ。韓国その他アジア反共国家と同列に並んだだけの結果に終ることは明らかであり、
これらの国家は、アメリカと軍事的双務条約を締結してゐるのである。

三島由紀夫
「問題提起」より

35 :右や左の名無し様:2009/11/09(月) 10:55:49 ID:xwlHyHYC
第九条の改廃については、改憲論者にもいくつかの意見がある。
「第九条第一項の字句は、そもそも不戦条約以来の理想条項であり、これを残しても自衛のための戦力の保持は
十分可能である。しかし第二項は、明らかに、自衛隊の放棄を意味するから削除すべきである」
といふ意見に、私はやや賛成であるが、そのためには、第九条第一項の規定は、世界各国の憲法に必要条項として
挿入されるべきであり、日本国憲法のみが、国際社会への誓約を、国家自身の基本法に包含してゐるといふのは、
不公平不調和を免かれぬ。
その結果、わが憲法は、国際社会への対他的ジェスチュアを本質とし、国の歴史・伝統・文化の自主性の表明を
二次的副次的なものとするといふ、敗戦憲法の特質を永久に免かれぬことにならう。
むしろ第九条全部を削除するに如くはない。

三島由紀夫
「問題提起」より

36 :右や左の名無し様:2009/11/09(月) 10:59:22 ID:xwlHyHYC
その代りに、日本国軍の創立を謳ひ、健軍の本義を憲法に明記して、次の如く規定するべきである。
「日本国軍隊は、天皇を中心とするわが国体、その歴史、伝統、文化を護持することを本義とし、国際社会の
信倚と日本国民の信頼の上に健軍される」
防衛は国の基本的な最重要問題であり、これを抜きにして国家を語ることはできぬ。
物理的に言つても、一定の領土内に一定の国民を包括する現実の態様を抜きにして、国家といふことを語ることが
できないならば、その一定空間の物理的保障としては軍事力しかなく、よしんば、空間的国家の保障として、
外国の軍事力(核兵器その他)を借りるとしても、決して外国の軍事力は、他国の時間的国家の態様を
守るものではないことは、赤化したカンボジア摂政政治をくつがへして、共和制を目ざす軍事政権を
打ち樹てるといふことも敢てするのを見ても自明である。

三島由紀夫
「問題提起」より

37 :右や左の名無し様:2009/11/09(月) 14:05:09 ID:???
自国の正しい健軍の本義を持つ軍隊のみが、空間的時間的に国家を保持し、これを主体的に防衛しうるのである。
現自衛隊が、第九条の制約の下に、このやうな軍隊に成育しえないことには、日本のもつとも危険な状況が
孕まれてゐることが銘記されねばならない。
憲法改正は喫緊の問題であり、決して将来の僥倖を待つて解決をはかるべき問題ではない。
なぜならそれまでは、自衛隊は、「国を守る」といふことの本義に決して到達せず、この混迷を残したまま、
徒らに物理的軍事力のみを増強して、つひにもつとも大切なその魂を失ふことになりかねないからである。
自衛隊は、警察予備隊から発足して、未だその警察的側面を色濃く残してをり、警察との次元の差を、装備の
物理的な次元の差にしか見出すことができない。
国家の矜りを持つことなくして、いかにして軍隊が軍隊たりえようか。
この悲しむべき混迷を残したものが、すべて第九条、特にその第二項にあることは明らかであるから、
われわれはここに論議の凡てを集中しなければならない。

三島由紀夫
「問題提起」より

38 :右や左の名無し様:2009/11/10(火) 11:07:53 ID:ETW2RvRK
私は決して平和主義を偽善だとは言はないが、日本の平和憲法が左右双方からの政治的口実に使はれた結果、
日本ほど、平和主義が偽善の代名詞になつた国はないと信じてゐる。
この国でもつとも危険のない、人に尊敬される生き方は、やや左翼で、平和主義者で、暴力否定論者であることであつた。
それ自体としては、別に非難すべきことではない。
しかしかうして知識人のConformity が極まるにつれ、私は知識人とは、あらゆるConformity に疑問を抱いて、
むしろ危険な生き方をするべき者ではないかと考へた。
一方、知識人たち、サロン・ソシアリストたちの社会的影響力は、ばかばかしい形にひろがつた。
母親たちは子供に兵器の玩具を与へるなと叫び、小学校では、列を作つて番号をかけるのは軍国主義的だといふので、
子供たちはぶらぶらと国会議員のやうに集合するのだつた。

三島由紀夫
「『楯の会』のこと」より

39 :右や左の名無し様:2009/11/10(火) 11:11:51 ID:ETW2RvRK
それならお前は知識人として、言論による運動をすればよいではないか、と或る人は言ふのであらう。
しかし私は文士として、日本ではあらゆる言葉が軽くなり、プラスチックの大理石のやうに半透明の贋物になり、
一つの概念を隠すために用いられ、どこへでも逃げ隠れのできるアリバイとして使はれるやうになつたのを、
いやといふほど見てきた。あらゆる言葉には偽善がしみ入つてゐた、ピックルスに酢がしみ込むやうに。
文士として私の信ずる言葉は、文学作品の中の、完全無欠な仮構の中の言葉だけであり、前に述べたやうに、
私は文学といふものが、戦ひや責任と一切無縁な世界だと信ずる者だ。
これは日本文学のうち、優雅の伝統を特に私が愛するからであらう。
行動のための言葉がすべて汚れてしまつたとすれば、もう一つの日本の伝統、尚武とサムライの伝統を
復活するには、言葉なしで、無言で、あらゆる誤解を甘受して行動しなければならぬ。
Self-justification は卑しい、といふサムラヒ的な考へが、私の中にはもともとひそんでゐた。

三島由紀夫
「『楯の会』のこと」より

40 :右や左の名無し様:2009/11/10(火) 11:38:25 ID:ETW2RvRK
私は或る内面的な力に押されて、剣道をはじめた。もう十三年もつづけてゐる。
竹の刀を使ふこの武士の模擬行動から、言葉を介さずに、私は古い武士の魂のよみがへりを感じた。
経済的繁栄と共に、日本人の大半は商人になり、武士は衰へ死んでゐた。
自分の信念を守るために命を賭けるといふ考へは、Old-fashioned になつてゐた。
思想は身の安全を保証してくれるお守りのやうなものになつてゐた。
(中略)
しかし私は、若者はギュムナシオーンとアゴラを半ばづつ往復しなければならぬと信ずる者であり、
学生ばかりでなく、あらゆる知識人がさうすべきだ、と考へる者だ。
言論を以て言論を守るとは、方法上の矛盾であり、思想を守るのは自らの肉体と武技を以てすべきだ、と考へる者だ。

三島由紀夫
「『楯の会』のこと」より

41 :右や左の名無し様:2009/11/10(火) 19:13:32 ID:ETW2RvRK
かうして私は自然に、軍事学上の「間接侵略」といふ観念に到達したのである。
間接侵略とは、表面的には外国勢力に操られた国内のイデオロギー戦のことだが、本質的には、(少なくとも
日本にとっては)日本といふ国のIdentify を犯さうとする者と、守らうとする者の戦ひだと解せられる。
しかもそれは複雑微妙な様相を持ち、時にはナショナリズムの仮面をかぶつた人民戦争を惹き起し、
正規軍に対する不正規軍の戦ひになる。
ところで日本では、十九世紀の近代化以来、不正規軍といふ考へが完全に消失し、正規軍思想が軍の主流を占め、
この伝統は戦後の自衛隊にまで及んでゐる。日本人は十九世紀以来、民兵の構想を持つたことがなく、
あの第二次世界大戦に於てすら、国民義勇兵法案が議会を通過したのは降伏わづか二ヶ月前であつた。
日本人は不正規軍といふ二十世紀の新しい戦争形態に対して、ほとんど正規戦の戦術しか持たなかつた。

三島由紀夫
「『楯の会』のこと」より

42 :右や左の名無し様:2009/11/11(水) 14:44:47 ID:Q/HePoC9
民族主義とは、本来、一民族一国家、一個の文化伝統・言語伝統による政治的統一の熱情に他ならない。
(中略)
では、日本にとつての民族主義とは何であらうか?
…言語と文化伝統を共有するわが民族は、太古から政治的統一をなしとげてをり、われわれの文化の連続性は、
民族と国との非分離にかかつてゐる。
そして皮肉なことには、敗戦によつて現有領土に押し込められた日本は、国内に於ける異民族問題を
ほとんど持たなくなり、アメリカのやうに一部民族と国家の相反関係や、民族主義に対して国家が受け身に
立たざるをえぬ状況といふものを持たないのである。
従つて異民族問題をことさら政治的に追及するやうな戦術は、作られた緊張の匂ひがするのみならず、
国を現実の政治権力の権力機構と同一し、ひたすら現政府を「国民を外国へ売り渡す」買辧政権と規定することに
熱意を傾け、民族主義をこの方向へ利用しようと力めるのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

43 :右や左の名無し様:2009/11/11(水) 14:49:48 ID:Q/HePoC9
しかし前にも言つたやうに、日本には、現在、シリアスな異民族問題はなく、又、一民族一文化伝統による
政治的統一への悲願もありえない。それは日本の歴史において、すでに成しとげられてゐるものだからである。
もしそれがあるとすれば、現在の日本を一民族一文化伝統の政治的統一を成就せぬところの、民族と国との
分離状況としてとらへてゐるのであり、民族主義の強調自体が、この分離状況の強調であり、終局的には、
国を否定して民族を肯定しようとする戦術的意図に他ならない。
すなはち、それは非分離を分離へ導かうとするための「手段としての民族主義」なのである。
…前述したやうに、第三次の民族主義は、ヴィエトナム戦争によつて、論理的な継目をぼかされながら育成され、
最後に分離の様相を明らかにしたが、ポスト・ヴィエトナムの時代は、この分離を、沖縄問題と朝鮮人問題に
よつて、さらに明確にするであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

44 :右や左の名無し様:2009/11/11(水) 15:21:49 ID:Q/HePoC9
社会的な事件といふものは、古代の童話のやうに、次に来るべき時代を寓意的に象徴することがままあるが、
金嬉老事件は、ジョンソン声明に先立つて、或る時代を予言するやうなすこぶる寓意的な起り方をした。
それは三つの主題を持つてゐる。すなはち、「人質にされた日本人」といふ主題と、「抑圧されて激発する
異民族」といふ主題と「日本人を平和的にしか救出しえない国家権力」といふ主題と、この三つである。
第一の問題は、沖縄や新島の島民を、第二の問題は朝鮮人問題そのものを、第三の問題は、現下の国家権力の
平和憲法と世論による足カセ手カセを、露骨に表象してゐた。
そしてここでは、正に、政治的イデオロギーの望むがままに変容させられる日本民族の相反するイメージ――
外国の武力によつて人質にされ抑圧された平和的な日本民族といふイメージと、異民族の歴史の罪障感によつて
権力行使を制約される日本民族といふイメージ――が二つながら典型的に表現されたのである。
前者の被害者イメージは、朝鮮民族と同一化され、後者の加害者イメージは、ヴィエトナム戦争を遂行する
アメリカのイメージにだぶらされた。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

45 :右や左の名無し様:2009/11/12(木) 10:34:49 ID:yUKvc0Dd
しかし戦後の日本にとつては、真の民族問題はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、リフュジー(難民)の
問題であつても、日本国内の問題ではありえない。
これを内部の問題であるかの如く扱ふ一部の扱ひには、明らかに政治的意図があつて、先進工業国における
革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない。
…手段としての民族主義はこれを自由に使ひ分けながら、沖縄問題や新島問題では、「人質にされた日本人」の
イメージを以て訴へかけ、一方、起りうべき朝鮮半島の危機に際しては、民族主義の国際的連帯感といふ
論理矛盾を、再び心情的に前面に押し出すであらう。
被害者日本と加害者日本のイメージを使ひ分けて、民族主義を領略しようと企てるであらう。
しかしながら、第三次の民族主義における分離の様相はますます顕在化し、同時に、ポスト・ヴィエトナムの情勢は、
保守的民族主義の勃興を促し、これによつて民族主義の左右からの奪ひ合ひは、ますます先鋭化するであらう。

三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より

46 :右や左の名無し様:2009/11/12(木) 10:51:40 ID:yUKvc0Dd
国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇は、日本の
近代史においては、一度もその本質である「文化概念」としての形姿を如実に示されたことはなかつた。
このことは明治憲法国家の本質が、文化の全体性の侵蝕の上に成立ち、儒教道徳の残滓をとどめた官僚文化によつて
代表されてゐたことと関はりがある。私は先ごろ仙洞御所を拝観して、こののびやかな帝王の苑池に架せられた
明治官僚補綴の石橋の醜悪さに目をおほうた。
すなはち、文化の全体性、再帰性、主体性が、一見雑然たる包括的なその文化概念に、見合ふだけの価値自体を
見出すためには、その価値自体からの演繹によつて、日本文化のあらゆる末端の特殊事実までが推論されなければ
ならないが、明治憲法下の天皇制機構は、ますます西欧的な立憲君主政体へと押しこめられて行き、政治的機構の
醇化によつて文化的機能を捨象して行つたがために、つひにかかる演繹能力を持たなくなつてゐたのである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

47 :右や左の名無し様:2009/11/12(木) 10:58:07 ID:yUKvc0Dd
雑多な、広汎な、包括的な文化の全体性に、正に見合ふだけの唯一の価値自体として、われわれは天皇の
真姿である文化概念としての天皇に到達しなければならない。
(中略)
「みやび」は、宮廷の文化的精華であり、それへのあこがれであつたが、非常の時には、「みやび」はテロリズムの
形態をさへとつた。すなはち、文化概念としての天皇は、国家権力と秩序の側だけにあるのみではなく、
無秩序の側へも手をさしのべてゐたのである。もし国家権力や秩序が、国と民族を分離の状態に置いてゐるときは、
「国と民族の非分離」を回復せしめようとする変革の原理として、文化概念たる天皇が作用した。
孝明天皇の大御心に応へて起つた桜田門の変の義士たちは、「一筋のみやび」を実行したのであつて、
天皇のための蹶起は、文化様式に背反せぬ限り、容認されるべきであつたが、西欧的立憲君主政体に固執した
昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪つてゐた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

48 :右や左の名無し様:2009/11/12(木) 22:38:26 ID:yUKvc0Dd
明治憲法による天皇制は、祭政一致を標榜することによつて時間的連続性を充たしたが、政治的無秩序を
招来する危険のある空間的連続性には関はらなかつた。すなはち言論の自由には関はりなかつたのである。
政治概念としての天皇は、より自由でより包括的な文化概念としての天皇を、多分に犠牲に供せざるをえなかつた。
そして戦後のいはゆる「文化国家」日本が、米占領下に辛うじて維持した天皇制は、その二つの側面をいづれも
無力化して、俗流官僚や俗流文化人の大正的教養主義の帰結として、大衆社会化に追随せしめられ、いはゆる
「週刊誌天皇制」の域にまでそのディグニティーを失墜せしめられたのである。
天皇と文化は相関はらなくなり、左右の全体主義に対抗する唯一の理念としての「文化概念たる天皇」
「文化の全体性の統括者としての天皇」のイメージの復活と定立は、つひに試みられることなくして終つた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

49 :右や左の名無し様:2009/11/14(土) 14:35:55 ID:7xRVz/IF
(中略)
かつて物語が歌の詞書から発展して生れたやうに、歌は日本文学の元素のごときものであり、爾余のジャンルは
その敷衍であつて、ひびき合ふ言語の影像の聨想作用にもとづく流動的構成は、今にいたるも日本文学の、
ほとんど無意識の普遍的手法をなしてゐる。宮廷詩の「みやび」と、民衆詩の「みやびのまねび」との間に
はさまれて、あらゆる日本近代文化は、その細い根無し草の営為をつづけてきたのである。
伝統との断絶は一見月並風なみやびとの断絶に他ならず、しかも日本の近代は、「幽玄」「花」「わび」
「さび」のやうな、時代を真に表象する美的原理を何一つ生まなかつた。天皇といふ絶対的媒体なしには、
詩と政治とは、完全な対立状態に陥るか、政治による詩的領土の併呑に終るしかなかつた。
みやびの源流が天皇であるといふことは、美的価値の最高度を「みやび」に求める伝統を物語り、左翼の
民衆文化論の示唆するところとことなつて、日本の民衆文化は概ね「みやびのまねび」に発してゐる。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

50 :右や左の名無し様:2009/11/14(土) 14:39:39 ID:7xRVz/IF
そして時代時代の日本文化は、みやびを中心とした衛星的な美的原理、「幽玄」「花」「わび」「さび」などを
成立せしめたが、この独創的な新生な文化を生む母胎こそ、高貴で月並なみやびの文化であり、文化の
反独創性の極、古典主義の極致の秘庫が天皇なのであつた。しかもオーソドックスの美的円満性と倫理的起源が、
美的激発と倫理的激発をたえずインスパイアするところに天皇の意義があり、この「没我の王制」が、
時代時代のエゴイズムの掣肘力であると同時に包容概念であつた。
天照大神はかくて、岩戸隠れによつて、美的倫理的批判を行ふが、権力によつて行ふのではない。速須佐之男の命の
美的倫理的逸脱は、このやうにして、天照大神の悲しみの自己否定の形で批判されるが、つひに神の宴の、
鳴滸業を演ずる天宇受売命に対する、文化の哄笑(もつとも卑俗なるもの)によつて融和せしめられる。
ここに日本文化の基本的な現象形態が語られてゐる。しかも、速須佐之男の命は、かつては黄泉の母を慕うて、
「青山を枯山なす泣き枯す」男神であつた。菊の笑ひと刀の悲しみはすでにこれらの神話に包摂されてゐた。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

51 :右や左の名無し様:2009/11/14(土) 14:41:44 ID:7xRVz/IF
速須佐之男の命は、己れの罪によつて放逐されてのち、英雄となるのであるが、日本における反逆や革命の
倫理的根源が、正にその反逆や革命の対象たる日神にあることを、文化は教へられるのである。
これこそは八咫(やこの)鏡の秘義に他ならない。文化のいかなる反逆もいかなる卑俗も、つひに「みやび」の
中に包括され、そこに文化の全体性がのこりなく示現し、文化概念としての天皇が成立する、といふのが、
日本の文化の大綱である。それは永久に、卑俗をも包括しつつ霞み渡る、高貴と優雅と月並の故郷であつた。
菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が天皇なのであるから、軍事上の栄誉も亦、文化概念としての天皇から
与へられなければならない。現行憲法下法理的に可能な方法だと思はれるが、天皇に栄誉大権の実質を回復し、
軍の儀仗を受けられることはもちろん、聨隊旗も直接下賜されなければならない。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

52 :右や左の名無し様:2009/11/15(日) 16:16:04 ID:LzIJ2icE
(中略)
時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の成立を容認するかも
しれない。そのときは、代議制民主主義を通じて平和裡に、「天皇制下の共産政体」さへ成立しかねないのである。
およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、全体性を毀損することは、
今さら言ふまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、もつとも狡猾な政治的象徴として
利用されるか、あるひは利用されたのちに捨て去られるか、その運命は決つてゐる。
このやうな事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、又、そのほかに
確実な防止策はない。もちろん、かうした栄誉大権的内容の復活は、政治概念としての天皇をではなく、
文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。
文化の全体性を代表するこのやうな天皇のみが窮極の価値自体(ヴエルト・アン・ジッヒ)だからであり、
天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、日本の又、日本文化の真の危機だからである。

三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より

53 :右や左の名無し様:2009/11/17(火) 11:09:13 ID:7IXGHr3J
われわれは戦後の革命思想が、すべて弱者の集団原理によつて動いてきたことを洞察した。
いかに暴力的表現をとろうとも、それは集団と組織の原理を離れえぬ弱者の思想である。
不安、懐疑、嫌悪、嫉妬を撒きちらし、これを恫喝の材料に使ひ、これら弱者の最低の情念を共通項として、
一定の政治目的へ振り向けた集団運動である。
空虚にして観念的な甘い理想の美名を掲げる一方、もつとも低い弱者の情念を基礎として結びつき、
以て過半数を獲得し、各小集団小社会を「民主的に」支配し、以て少数者を圧迫し、社会の各分野へ
浸透して来たのがかれらの遣口である。
われわれは強者の立場をとり、少数者から出発する。
日本精神の清明、闊達、正直、道義的な高さはわれわれのものである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

54 :右や左の名無し様:2009/11/17(火) 11:11:50 ID:7IXGHr3J
(中略)
われわれは、言論の自由を守るために共産主義に反対する。
われわれは日本共産党の民族主義的仮面、すなはち、日本的方式による世界最初の、言論自由を保障する
人間主義的社会主義といふ幻影を破砕するであらう。
この政治体制上の実験は、(もしそれが言葉どおりに行はれるとしても)、成功すれば忽ち一党独裁の
怖るべき本質をあらはすことは明らかだからである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

55 :右や左の名無し様:2009/11/17(火) 11:31:36 ID:7IXGHr3J
まづ言論闘争、経済闘争、政治闘争といふ方式はかれらの常套手段であり、「話し合ひ」の提示は、すでに
かれらの戦術にはまり込むことである。
(中略)
われわれの反革命は、水際に敵を邀撃することであり、その水際は、日本の国土の水際ではなく、われわれ
一人一人の日本人の魂の防波堤に在る。
千万人といへども我往かんとの気概を以て、革命大衆の醜虜に当らなければならぬ。民衆の罵詈雑言、嘲弄、
挑発、をものともせず、かれらの蝕まれた日本精神を覚醒させるべく、一死以てこれに当らなければならぬ。
われわれは日本の美の伝統を体現する者である。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

56 :右や左の名無し様:2009/11/18(水) 23:37:43 ID:???
自衛隊の名称を軍と改名
俺が政治家に政府に望むことはそれだけだな

57 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 16:30:04 ID:yTKC492R
われわれは除外例や例外少数者の問題その他のなかに、人間性の真理を発見する立場をとつてゐる。
中共革命の過程では文化大革命がなかなか終熄を見なかつた間に、少数民族問題がガンをなしてゐることが
明らかになつた。ウィグル地方の少数民族地域は原爆実験地域としても戦略上重要な地域であるが、ここにおける
革命委員会の成立は最後まで危ぶまれてゐた。
異民族統治の経験のある大国では、少数民族の帰趨(きすう)が革命的要素になることが認識されてゐると同時に、
またその国自体が革命的な原理に成り立つ国である場合は、一転して反革命の危険を内在させた分子として
見られるのである。
反革命とは、人種上は少数民族の原理であり、人間性の上では閑却されがちな人間性の真実の救出の問題である。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

58 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 16:37:54 ID:yTKC492R
かつてプロレタリアは社会的疎外の代表であつた。戦争前には日本の経済政策の貧困から農村は疲弊し、
飢餓状態は蔓延し、人身売買は兵士の心を押へ毒してゐた。
しかし、戦後は工業化の進展にともなつて取り残された農村は、人工的な米価政策によつて救済された。のみならず、
貧困は解決され、労働者は革命や政治闘争よりも、経済闘争のはうがより有効であるやうな時代に生きてゐる。
(中略)
日本で行はれてゐる、体制対反体制、権力対反権力の論争は、お互ひに相手側の弱点をつかむ巧妙な論理を
発明してゐる。体制側は、いはゆる革命主体を自称する学生や、その他の人々に対して、お前たちは中共から
金を貰つてゐる、外国勢力から助けられてゐるといつでも揚言することができる。
これに対していはゆる革命勢力はみづからをナショナリストとして既定し、体制側を買辧勢力と規定し、かつ
自分たちに反対するオピニオン・リーダーを全て体制の代弁者ないし走狗と規定することができるやうになつた。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

59 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 16:40:20 ID:yTKC492R
彼らの論理はかうである。「もし、大学あるひは論壇あるひは文壇のやうな、マス・コミュニケーションのなかの
一つの小さな枠組の中では、たとへ反体制的言論が支配的であつても、そのなかにおける少数者の言論は実は
社会全体の体制的な感情へのおもねりにすぎない。すなはち一定の小集団のなかにおける少数意見は、集団外の
圧倒的な体制的言辞を背景としてそれを自分の後楯としてなされてゐるのだ」といふ主張である。
ここにおいて、さつき言つた社会的疎外と少数者の問題はパラドックスに当面する。すなはちわれわれは、
小さな閉鎖社会のなかで生きるときに、疎外者あるひは少数者になり、開放された社会のなかで生きるときは
体制側の代弁者となるといふやうに彼らから言はれるのである。
しかし、われわれの社会における生き方は、彼らの言ふほど単純なものではない。
彼らのいはゆる体制的権力側のオープン・ソサイエティといふものは、実は存在するかのごとくして存在せず、
われわれのまはりに茫漠としたアモルフな形をもつて漂つてゐる。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

60 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 22:20:11 ID:yTKC492R
大衆社会化は社会像のこのやうなアモルフ化アンフォルメル化に貢献した。十九世紀的国家形態が崩壊した現在は、
それにかはるべきゲゼルシャフトが強固な利益社会として屹立してゐるのではない。
われわれはそれぞれの小集団のなかでのみ自分たちの存在の原点を確保することができると感覚的に感ずる。
(中略)
その外側の社会は、膨大な無定見の社会構造を呈示してゐるのである。
すべてを唯物弁証法ないし社会主義的思考をもつて分析して、自己の小集団に波及するアモルフな社会の圧力を、
安保体制下の権力の波及した状況と解釈することは、一見実に簡単でわかりやすい。しかし、もしこのやうな
わかりやすい社会にわれわれが生きてきたと仮定するならば、疎外の問題も少数者集団の問題も、われわれと
社会の間のアンビバレンツの問題も起りやうがないのである。
つまりそのやうに、小集団と社会との間を論理的に直結させるといふ思考方法は、社会疎外から出発した
思考方法を自ら否定するものにほかならない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

61 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 22:22:30 ID:yTKC492R
(中略)
ここには、戦後の社会の無限の責任遡及によつて、つひには責任の所在を融解させてしまふ「無責任の体系」の
影響が大いにあり、すべては社会がわるい、といふときに、人は自ら、社会のアモルフ化に手を貸してゐるのである。
彼らは最初、疎外をもつて出発したが、利用された疎外は小集団における多数者となり、小集団における
マジョリティを次々とつなげて連帯させることによつて、社会におけるマジョリティを確保し、そのマジョリティは
容易に暴力と行動に転換して現体制の転覆と破壊に到達するといふのは、革命のプランである。そして、
責任原理の喪失を逆用したそのやうな革命は現に着々と進行してゐる。
しかし、われわれ文化の側に立ち、人間の側に立つ人間は、疎外がそのやうな自己矛盾に陥つてゐるやうな
状況に対して、むしろ疎外や、少数者といふものを積極的に評価するところから出発しなければならない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

62 :右や左の名無し様:2009/11/19(木) 22:28:09 ID:yTKC492R
左翼のいふ、日本における朝鮮人問題、少数民族問題は欺瞞である。なぜなら、われわれはいま、朝鮮の政治状況の
変化によつて、多くの韓国人をかかへてゐるが、彼らが問題にするのはこの韓国人ではなく、日本人が必ずしも
歓迎しないにもかかはらず、日本に北朝鮮大学校をつくり、都知事の認可を得て、反日教育をほどこすやうな
北朝鮮人の問題を、無理矢理少数民族の問題として規定するのである。
彼らはすでに、人間性の疎外と、民族的疎外の問題を、フィクションの上に置かざるを得なくなつてゐる。そして
彼らは、日本で一つでも疎外集団を見つけると、それに襲いかかつて、それを革命に利用しようとするほか考へない。
たとえば原爆患者の例を見るとよくわかる。原爆患者は確かに不幸な、気の毒な人たちであるが、この気の毒な、
不幸な人たちに襲ひかかり、たちまち原爆反対の政治運動を展開して、彼らの疎外された人間としての悲しみにも、
その真の問題にも、一顧も顧慮することなく、たちまち自分たちの権力闘争の場面へ連れていつてしまふ。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

63 :右や左の名無し様:2009/11/20(金) 11:52:54 ID:9rvBcipo
日本の社会問題はかつてこのやうではなかつた。戦前、社会問題に挺身した人たちは、全部がとはいはないが、
純粋なヒューマニズムの動機にかられ、疎外者に対する同情と、正義感とによつて、左にあれ、右にあれ、
一種の社会改革といふ救済の方法を考へたのであつた。
しかし、戦後の革命はそのやうな道義性と、ヒューマニズムを、戦後一般の風潮に染まりつつ、完全な欺瞞と、
偽善にすりかへてしまつた。われわれは、戦後の社会全体もそれについて責任があることを否めない。革命勢力から
その道義性と、ヒューマニズムの高さを失はせたものも、また、この戦後の世界の無道徳性の産物なのである。
われわれは疎外を固執し、少数者集団の権利を固執するものである。それのみが、革命勢力に対して反革命の
立場に立ち得るし、彼らの多数を頼んだ集団行動の倫理的矛盾に対して、最も強い、先鋭な敵手たり得るからである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

64 :右や左の名無し様:2009/11/21(土) 21:34:48 ID:x8DBGYpa
人は疎外からみづから逃れたいといふ要求を持つてゐる。その要求の最もわかりやすいスローガンは
「自由」であるが、自由を与へられると、エーリッヒ・フロムではないが、再び自由から逃避しようとし、
逃避のメカニズムはオートマティックに進行するのである。そして、逃避のメカニズムがオートマティックに
進行するときに、疎外された少数者はいつしか多数の集団者となり、多数の集団者はマジョリティとなり権力を求め、
遂には少数者を蹂躙し、自分のよつてもつて立つところの存在理由を自己否定せざるを得なくなるのである。
その革命の経過こそ、われわれが最も見張らなければならぬものであり、われわれに彼らの原点の感情に対する
安価な同情を許さないところのものである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

65 :右や左の名無し様:2009/11/21(土) 21:36:22 ID:x8DBGYpa
反革命は、革命行動の単なる防止ではない。反革命は革命に対して、ただ単なる暴力否定をもつて立ち向ふ
ものではない。なぜなら、暴力否定は容易に国家否定に傾くからである。
反戦平和のスローガンが、ただちに暴力行動を意味するといふことを、三派全学連は新宿動乱で公衆の前に証明し、
それによつて公衆に、反戦平和といふ言葉の欺瞞を白日のもとにさらけ出すといふ大きな貢献を残した。
しかし、暴力は暴力自体が悪でもなく、善なのでもない。
それは暴力を規定する見地によつて善にもなり、悪にもなるのである。
彼らは国家権力を暴力装置と規定し、機動隊を階級敵と規定し、彼らの規定によつて権力自体は、すべて膨大な、
革命を抑圧してゐる暴力機構と考へられる。
(中略)
暴力否定が終局的に革命を支持するものであることを最もよく知つてゐるのは革命勢力、特に共産党なのである。
共産党は最後の革命に手段としての暴力を十分容認するが、その暴力が民衆の支持を得るまでは差し控へる、
といふことを知つてゐる。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

66 :右や左の名無し様:2009/11/21(土) 21:37:31 ID:x8DBGYpa
われわれはもし、暴力といふものを本質的、原理的に否定するときには、これに立ち向ふことは決してできない。
大学問題はあたかも革命全体のミニアチュアであるが、暴力に対するに理性をもつてした大学教授連の考へは
十九世紀的迷蒙に侵されてゐる。暴力と素手で立ち向ふことができないのは理性の特質であり、そしてまた
理性を何らかの後楯にしない時は、自己の正当性をみづから確認できないといふことは暴力の特質である。
かくて、暴力と理性とは、お互ひにその正当性を奪ひ合ふ段階においてこそ同格であるが、暴力は一つの理性的
思想を背後に持つてゐると主張することによつて、すなはち理性だけよりも強く、相手を国家権力なる「暴力」と
つながつてゐるといふ論理へ追ひ込むことによつて、むりやり、自分の土俵へ相手を引きずり込む戦術に長けてゐる。
暴力否定が国家否定につながることは、実に見やすい論理である。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

67 :右や左の名無し様:2009/11/23(月) 15:52:25 ID:6u+JwXRz
われわれは絶対的暴力否定の抵抗思想としてガンジーの思想の如きを知つてゐるが、ガンジーは少なくとも
抵抗の思想である。日本の非暴力主義には、抵抗の思想は稀薄であり、エゴイズムのみが先行してゐる。
絶対平和主義は、自分たちの集団に対する攻撃をも甘んじて容認するといふことにおいて、少なくとも
集団に対する攻撃を容認しない、といふ原理に立つ国家の不可侵性を否定するものだからである。
国家は力なくしては国家たり得ない。国家は一つの国境の中において存立の基礎を持ち、その国境の確保と、
自己が国家であることを証明する方法としては、その国家の領土の不可侵性と、主権の不可侵性のために力を
保持せざるを得ないことは、最近のチェコの例を見ても明らかであらう。
もちろん十九世紀的な主権国家の幻はすでに崩れ、国際的な集団保障の時代が来て、国家概念は、社会主義共同体と、
自由諸国の国々とに別れ、ヨーロッパですら、将来のイメージとしては、共同体的な同盟国家よりも、さらに
強固なつながりを持つた国家形態を求めてはゐる。


三島由紀夫
「反革命宣言」より

68 :右や左の名無し様:2009/11/23(月) 15:57:53 ID:6u+JwXRz
しかしながら、現実に支配してゐるのは国家の原理であり、イデオロギーの終焉はまだ絵空事であつて、むしろ、
技術社会の進展が、技術の自己目的によるオートマティックな一人歩きをはじめる傾向に対抗して、国家は
このやうな自己内部の技術社会のオートマティズムを制御するために、イデオロギーを強化せねばならぬ傾向にある。
社会主義インターナショナルは単に多数民族、強力民族が少数民族をみづからの手中にをさめるための口実として
使はれてゐるにすぎない。
まだ国際政治を支配してゐるのは、姑息な力の法則であつて、その法則の上では力を否定するものは、最終的に
みづから国家を否定するほかはないのである。平和勢力と称されるものは、日本の国家観の曖昧模糊たる
自信喪失をねらつて、日本自身の国家否定と、暴力否定とを次第次第につなげようと意図してゐる。そこで最終的に
彼らが意図するものは、国家としての日本の崩壊と、無力化と、そこに浸透して共産政権を樹立することに
ほかならない。そして共産政権が樹立されたときにはどのやうな国家がはじまるかは自明のことである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

69 :右や左の名無し様:2009/11/23(月) 16:03:18 ID:6u+JwXRz
(中略)
一般大衆は、革命政権の樹立が、自分たちの現在守つてゐる生活に、将来どのような時間をかけてどのように
波及してくるかについてほとんど知るところがない。彼らは、現在の目前の問題としては、いつもイデオロギーよりも
秩序を維持することを欲し、ことに経済的繁栄の結果として得られた現状維持の思想は、一人一人の心の中に
浸み込んで、自分の家族、自分の家を守るためならば、どのようなイデオロギーも当面は容認する、といふ方向に
向つてゐる。そして、秩序自体の変質がどういふ変化を自分たちにおよぼすか、といふ未来図を彼らの心から
要求することは、ほとんど不可能である。人々はつねられなければ痛さを感じないものである。
もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合、たとへたつた一人の容共的な閣僚が入つても、もしこれが
警察権力に手をおよぼすことができれば、たちまち警察署長以下の中堅下級幹部の首のすげかへを徐々に始め、
あるひは若い警官の中に細胞をひそませ、警察を内部から崩壊させるであらう。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

70 :右や左の名無し様:2009/11/23(月) 18:21:00 ID:???
君らやっぱりゲイが大好きなんだな

71 :右や左の名無し様:2009/11/24(火) 15:29:01 ID:???
2009年11月21日(土)
『三島由紀夫は生きている』
http://www.mxtv.co.jp/nishibe/youtube/index.html

ゲスト文芸評論家・関東学院大学教授・富岡幸一郎
三島由紀夫は、命を投げ出し何を訴えたかったのか?
我々は、どのように汲み取ればよいのか?
昭和45年(1970年)11月25日
あの日あなたは、どこで何をしていましたか?


72 :右や左の名無し様:2009/11/24(火) 23:41:27 ID:tcDqO5/i
憂国忌あげ

73 :右や左の名無し様:2009/11/24(火) 23:46:29 ID:9CnBHEhj
益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに
幾とせ耐へて 今日の初霜

散るをいとふ 世にも人にも 先駆けて
散るこそ花と 吹く小夜嵐

三島由紀夫 辞世の句

今日にかけて かねて誓ひし 我が胸の
思ひを知るは 野分のみかは

森田必勝 辞世の句


火と燃ゆる 大和心を はるかなる
大みこころの 見そなはすまで

小賀正義


雲をらび しら雪さやぐ 富士の根の
歌の心ぞ もののふの道

小川正洋


獅子となり 虎となりても 国のため
ますらをぶりも 神のまにまに

古賀浩靖

74 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2009/11/25(水) 01:58:15 ID:???
 明日は追悼祭に行く。

75 :右や左の名無し様:2009/11/25(水) 03:41:06 ID:???
「ふ」退治ですか?

76 :前田雅英・首都大は売国奴:2009/11/25(水) 04:30:04 ID:???
カルト統一キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!
社説でキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!
●世界日報 社説●
ネットカフェ規制/本人確認の義務化を急げ  2009年11月23日
http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh091123.htm
http://s01.megalodon.jp/2009-1125-0000-10/www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh091123.htm


・このままだと来年には日本中のネットカフェが会員制になってしまいます(来年にも条例案を東京都議会に提出する)
・利用者がどの端末(パソコン)を利用したのかといった、『パソコン使用記録』を 一定期間保有しておくことも必要だとしております。
★会員制にしなかったり利用者がどのパソコンを利用したか記録しなかった店は営業停止などになります★

権力者や日本政府が国民に知らせる情報は0.1パーセント以下です。
前田雅英・首都大学東京教授、警察、会員制ネットカフェが日本中のネットカフェ(まんが喫茶)を会員制にしようとしています。
前田雅英、警察、日本複合カフェ協会は日本人の言論の自由を潰す売国奴です。
日本が超監視国家になり警察による犯罪がはびこるのではないでしょうか。
権力者に都合の悪い情報はいっさい出なくなるでしょう。

日本の全部のネットカフェを会員制にしようとしてる奴ら

会員制ネットカフェ、カルト統一教会、前田雅英・首都大学東京教授、警察、読売新聞、産経新聞

不買運動よろしくお願いします

ネットカフェ規制に反対するスレ
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/netspot/1256060489/
http://s04.megalodon.jp/2009-1125-0203-32/pc11.2ch.net/test/read.cgi/netspot/1256060489/

77 :大日本報靖會:2009/11/25(水) 08:13:15 ID:???
平成21年度 野分祭が斎行されました
http://ameblo.jp/issuikai/entry-10395684959.html



大日本報靖會 ◆lZCvso1D7Uを名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事
◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事
◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事
◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから
◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ
◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事

78 :大日本報靖會:2009/11/25(水) 08:18:10 ID:???
精神的にも高く、肉体的にも美しかつた、古典期の調和的人間像から、われわれはあまりにも
かけはなれてしまひ、社会にはめこまれた、小さな卑しい、バラバラの歯車になつてしまつた。
ここから人間を取りもどすには、ただはふつておいて、心に念じてゐるだけでできるものではない。

三島由紀夫
「きたへる――その意義」より



大日本報靖會 ◆lZCvso1D7Uを名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事
◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事
◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事
◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから
◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ
◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事

79 :右や左の名無し様:2009/11/25(水) 16:56:13 ID:uLGvs965
>>74
I need a full report.

80 :右や左の名無し様:2009/11/25(水) 23:40:15 ID:???
8 名前:大日本報靖會 :2009/11/25(水) 08:18:10 ID:???
精神的にもマラ高く、肉体的にも短かった、チビの古典期の不細工な人間像に、われわれはあまりにも
似てしまひ、社会にはめこまれた、小さな卑しい、バラバラの歯車になつてしまつた。
ここから人間を取りもどすには、ただはふつておいて、心に念じてゐるだけでできるものではない。
アメリカ人のように大きな体と、ちからとマラをもちませう

鳩山由紀夫
「きたへるマラ――その意義」より


81 :右や左の名無し様:2009/11/26(木) 10:18:54 ID:5Cvpy2B1
>>69つづき
(中略)
われわれ反革命の立場は、現在の時点における民衆の支持や理解をあてにすることはできない。予告し、先取りし、
そして、民衆の非難、怨嗟、罵倒をすら浴びながら、彼らの未来を守るほかはないのである。
さらに正確に言へば、われわれは彼らの未来を守るのではなく、彼らがなほ無自覚でありながら、実は彼らを
存在せしめてゐる根本のもの、すなはち、わが歴史・文化・伝統を守るほかはないのである。これこそは
前衛としての反革命であり、前衛としての反革命は世論、今や左も右も最もその顔色をうかがつてゐる世論の
支持によつて動くのではない。われわれは先見によつて動くのであり、あくまで少数者の原理によつて動くのである。
したがつて反革命は外面的には華々しいものになり得ないかもしれないが、革命状況を厳密に見張つて、もし
革命勢力と行政権とが直結しさうに時点をねらつて、その瞬間に打破粉砕するものでなければならない。このためには
民衆の支持をあてにすることはできないであらう。いかなる民衆の罵詈雑言も浴びる覚悟をしなければならない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

82 :右や左の名無し様:2009/11/26(木) 10:25:21 ID:5Cvpy2B1
(中略)
政府にすら期待してはならない。政府は、最後の場合には民衆に阿諛することしか考へないであらう。世論は
いつも民主社会における神だからである。われわれは民主社会における神である世論を否定し、最終的には
大衆社会の持つてゐるその非人間性を否定しようとするのである。
では、その少数者意識の行動の根拠は何であるか。それこそは、天皇である。
われわれは天皇といふことをいふときには、むしろ国民が天皇を根拠にすることが反時代的であるといふやうな
時代思潮を知りつつ、まさにその時代思潮の故に天皇を支持するのである。なぜなら、われわれの考へる天皇とは、
いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のやうに、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すものであり、
このやうな全体性と連続性を映し出す天皇制を、終局的には破壊するやうな勢力に対しては、われわれの日本の
文化伝統を賭けて闘はなければならないと信じてゐるからである。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

83 :右や左の名無し様:2009/11/26(木) 10:26:50 ID:5Cvpy2B1
われわれは、自民党を守るために闘ふのでもなければ、民主主義社会を守るために闘ふのでもない。もちろん、
われわれの考へる文化的天皇の政治的基礎としては、複数政党制による民主主義の政治形態が最適であると
信ずるから、形としてはこのやうな民主主義政体を守るために行動するといふ形をとるだらうが、終局目標は
天皇の護持であり、その天皇を終局的に否定するやうな政治勢力を、粉砕し、撃破し去ることでなければならない。

三島由紀夫
「反革命宣言」より

84 :右や左の名無し様:2009/11/26(木) 22:21:39 ID:???
三島由紀夫研究会メルマガ
http://www.melma.com/backnumber_149567_4683671/

 第三十九回 三島由紀夫氏追悼会 「憂国忌」に五百名
   憂国の情念、絶望状況に光を見つけようと熱狂的雰囲気のなか
**************************************

 平成二十一年十一月二十五日、あの驚天動地の衝撃から三十九年目の命日。
 ことしの憂国忌は日本政治の中枢・永田町の星陵会館に五百名近い参加者を得て、静粛に盛大に、開催された。
 開会の辞をのべた松本徹氏(山中湖、三島文学館館長)は先般の山中湖でのレイクサロンの報告を兼ねて、近況を述べられた。
 つづいて「三島思想は現代に蘇るか」と題されたシンポジウム。司会は文藝評論家の富岡幸一郎、パネラーは発言順に西部邁、西村幸祐、杉原志啓の各氏。会場内には発起人の玉利斉氏、花田紀凱氏らも。
 会場はときにシーンとなり、あるいは絶大な拍手。あっという間の100分が過ぎた。
 会場ロビィでは関連図書ならびに過去の憂国忌のポスターの販売が行われ、会場整備後、近くのレストランは場所を移動し、懇親会。
 ここには遠く東北、近畿などからの参加者も加わり、和やかななかにも厳粛に懇談が進んだ。懇親会には発起人の井尻千男、西尾幹二、堤堯、田中英道、藤井厳喜氏ら70名近くが遅くまで三島論に花を咲かせた。

(事務局よりお知らせ)当日の概要は近く、小誌に紹介されます。
 またシンポジウム全記録は来年早々の『表現者』に掲載予定。賛助会員の皆様には、刊行後、贈呈されます。さらに櫻チャンネルUチューブで画像配信の予定があります。
  ◇


85 :右や左の名無し様:2009/11/27(金) 11:11:30 ID:hxgd+dyN
私は進歩主義者ではないから、次のやうに考へてゐる。
精神をきたへることも、肉体をきたへることも、人間の古い伝統の中の神へ近づくことであり、失はれた完全な
理想的な人間を目ざすことであり、それをうながすものは、人間の心の中にある「古代の完全性」への郷愁である、と。
精神的にも高く、肉体的にも美しかつた、古典期の調和的人間像から、われわれはあまりにもかけはなれてしまひ、
社会にはめこまれた、小さな卑しい、バラバラの歯車になつてしまつた。
ここから人間を取りもどすには、ただはふつておいて、心に念じてゐるだけでできるものではない。

三島由紀夫
「きたへる――その意義」より

86 :右や左の名無し様:2009/11/27(金) 11:12:23 ID:hxgd+dyN
苦しい思ひをしなければならぬ。
人間の精神も肉体も、ただ、温泉につかつて、ぼんやりしてゐるやうにはできてゐない。
鉄砲でも、刀でも、しよつちゆう手入れをしてゐなければ、さびて使ひものにならなくなる。
精神も肉体も、たえず練磨して、たえずみがき上げてゐなければならぬ。
これは当り前のことなのだが、この当り前のことが忘れられてゐる。
若いうちに、つらいことに耐へた経験を持つことほど、人生にとつて宝はないと思ふ。
軍隊のやうな強制のない現在、一人一人の自発的な意志が、一人一人の未来を決定するにちがひない。

三島由紀夫
「きたへる――その意義」より

87 :右や左の名無し様:2009/11/27(金) 11:15:29 ID:hxgd+dyN
私は弱い者が大ぜい集まつてワイワイガヤガヤ言つて多数の力で意見を押しとほすといふ考へがきらひだ。
全学連だつて、一人一人会えば大人しい坊ちやんだし、体力的に弱いタイプが多い。
なぜ多数を恃むのか。自分一人に自信がないからではないのか。
「千万人といへども我行かん」といふ気持がないではないか。
もつとも一人の力では限りがあることがわかつてゐる。だから私は少数精鋭主義である。
その少数の一人一人が、「千万人といへども我行かん」といふ気構へをもち、それだけ腕つ節がなければならない。
たつた一人孤立しても、切り抜けて行けなければならない。

三島由紀夫
「拳と剣――この孤独なる自己との戦ひ」より

88 :右や左の名無し様:2009/11/29(日) 12:51:20 ID:FzxAyWA0
端的只今の一念より外はこれなく候
一念々々と重ねて一生なり(葉隠)

新年に想ふのは「葉隠」の一章。
マスコミが作る「ものの見方」にとらはれず自分の考へ方で生きていく勇気をもちたい。
一念一念といふのは、さういふことだし、その積み重ねが、私を私らしくするのだから……

三島由紀夫
「真(まこと)を胸に――若さに生きよう」より

89 :三島俊洋:2009/11/29(日) 13:08:52 ID:W5Z9U4fg
俺、由紀夫の子孫。
わかった?

90 :右や左の名無し様:2009/11/29(日) 16:58:09 ID:???
三島は平岡が本名

91 :生きる価値無き 化け物賤な山出し悪名高いクズのクズ。 :2009/11/29(日) 16:59:45 ID:???
鳩山だよ

92 :右や左の名無し様:2009/11/30(月) 03:55:13 ID:erbPjnoK
三島事件って田母神ムックで初めて知った
歴史や事件について若い世代は教わってないんだよね
幸いにもネットで色々知れるけど、知るきっかけがないと
一生知れないからさ
こんな人がいたなんて、愚民と臭い政治家が増えたせいで哀想だよね…

93 :右や左の名無し様:2009/11/30(月) 11:41:41 ID:ZxX7gp5z
☆三島由紀夫の主義・主張★
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/shugi/1258439789/

94 :右や左の名無し様:2009/12/01(火) 15:21:35 ID:vUxkRjwW
日米共同コミュニケによつて、現憲法の維持は、国際的国内的に新たなメリットを得たのである。
すなはち国内的には、今後も穏和な左翼勢力に平和現憲法の飴玉をしやぶらせつづけて面子を立ててやる一方、
過激派には現憲法にもこれだけの危機収集能力のあることを思ひ知らせ、国際的には、無制限にアメリカの
全アジア軍事戦略体制にコミットさせられる危険に対して、平和憲法を格好の歯止めに使ひ、一方では
安保体制堅持を謳いながら、一方では平和憲法護持を受け身のナショナリズムの根拠にするといふメリットが
生じたのである。
これはいはば吉田茂方式の継承であり、早急な改憲は、現憲法がアメリカによつて強ひられた憲法であるより以上に、
さらにアメリカの軍事的要請に沿うた憲法を招来するにすぎないといふ恫喝ほど、効き目のあるものはあるまい。
改憲サボタージュは、完全に自民党の体質になつた。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

95 :右や左の名無し様:2009/12/01(火) 15:23:37 ID:vUxkRjwW
空文化されればされるほど政治的利用価値が生じてきた、といふところに、新憲法のふしぎな魔力があり、
戦後の偽善はすべてここに発したといつても過言ではない。
完全に遵奉することの不可能な成文法の存在は、道義的退廃を惹き起こす。
それは戦後のヤミ食糧取締法と同じことである。
(中略)
私が憲法を問題にするのは、そこに国家の問題が鮮明にあらはれてゐるからであり、しかも現憲法は、国家への
忠節に肩すかしを食わせて、未実現の人類共通の理想へのみ忠誠を誓はせるやうにできてをり、国家と忠誠とを
別次元に属する形で併記してゐる。
国家とは何ぞや、忠誠とは何ぞや、といふ問ひからはじめなければ、変革の論理は実質を欠くことにならう。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

96 :右や左の名無し様:2009/12/03(木) 15:40:16 ID:vuOpspyx
私見によれば、祭政一致的な国家が二つに分離して、統治的国家(行政権の主体)と祭祀的国家(国民精神の主体)に
分れ、後者が前者の背後に影のごとく揺曳してゐるのが現代の日本である。近代政治学が問題にする国家とは、
前者にほかならない。ところで自由世界の未来の国家像は、ますます統治国家がその統治機能を、自治体、民間団体、
企業等へ移譲し、国家自体は管理国家としてのマネージメントのみに専念し、言論やセックスの自由は最大限に容認し、
いはばもつとも稀薄な国家がもつとも良い国家と呼ばれることにならう。そこでは時間的連続性は問題にされず、
通信連絡、情報、交易の世界化国際化による空間的ひろがりが重んじられる。スポーツや学術をはじめ、多くの領域で
世界国家的イメージが準備される。事実このやうな管理国家は世界連邦たるべきものの胎児なのである。
これを支配する原理は、ヒューマニズム、理性、人類愛などであり、非理性的ないし反理性的なものはきびしく
排除されるロゴスとしての国家である。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

97 :右や左の名無し様:2009/12/03(木) 15:43:11 ID:vuOpspyx
一方、祭祀的国家はふだんは目に見えない。ここでは象徴行為としての祭祀が、国家の永遠の時間的連続性を保障し、
歴史・伝統・文化などが継承され、反理性的なもの、情感的情緒的なものの源泉が保持され、文化はここにのみ
根を見いだし、真のエロティシズムはここにのみ存在する。このエートスとパトスの国家の首長は天皇である。
ここでは濃厚な国家がもつとも良い国家なのである。
さて統治国家を遠心力とすれば祭祀国家は求心力であり、前者を空間的国家とすれば、後者は時間的国家であり、
私の理想とする国家はこのやうな二元性の調和、緊張をはらんだ生ける均衡にほかならない。
私はこの二種の国家をつきつけて、国民にどちらの国家に忠誠を誓ふか、決断を迫るべきであると思ふ。
いふまでもなく真にナショナルな自立の思想の根拠は、祭祀的国家のみにあり、統治的国家は国際協調主義と
世界連邦の方向の線上にあるものである。
そしてその忠誠の選択に基づいて、自衛隊を二分したらよいのである。このことは現憲法下でも法理的に可能である。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

98 :右や左の名無し様:2009/12/03(木) 15:46:46 ID:vuOpspyx
(中略)
日本の防衛のあるべき姿を考へれば考へるほど、私にはほかの解決は思ひ当らない。もちろんこれには憲法の
制約を考慮に入れた上のことで、憲法を変へるとなれば、また話は別である。
日本にとつて緊急に変革を要するものは防衛の問題であり、しかもそこにいかにして自立の思想を盛り込むか
といふ問題である。日本に変革の必須な問題は多々あらうが、これを除外して変革を考へることは空論であり、
共産党ですら、核兵器に一言も触れぬ狡猾さをもつて、武装中立を謳つてゐる。日本の防衛と自立の永遠の
ジレンマのもとである核兵器が、国内戦に使へないといふ特質を持つてゐるところに目をつけて、この特質を
逆手にとつて、絶対自立の軍隊を健軍することがまづ急務であり、自衛隊をただあいまいに安保条約に
接着させておくことは危険なのだ。
中共はすでにIRBMの戦略配置を終つたと伝えられ、日本はその射程距離内にはひるのである。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

99 :右や左の名無し様:2009/12/04(金) 17:06:26 ID:9bP/RWmM
(中略)
変革とは一つのプランに向かつて着々と進むことではなく、一つの叫びを叫びつづけることだ、といふ考へが、
私の場合には牢固としてゐる。前述の自衛隊二分論は、相対的解決策としての変革にすぎぬが、その中にも
私の叫びの貫流してゐることを、聞く人は聞くであらう。
かつてアメリカ占領軍は剣道を禁止し、竹刀競技の形で半ば復活したのちも、懸声をきびしく禁じた。
この着眼は卓抜なものである。あれはただの懸声ではなく、日本人の魂の叫びだつたからである。彼らは
これらをおそれ、その叫びの伝播と、その叫びの触発するものをおそれた。しかしこの叫びを忌避して、
日本人にとつての真の変革の原理はありえない。近代日本知識人が剣道のあの裂帛の叫びを嫌悪するのは、
あれによつて彼らの後生大事にしてゐる近代ヒューマニズムと理性の体系にひびのはひるのをおそれるからだ。
あの叫びこそ、彼らの臆病な安住の家をこはしにかかる斧の音をきくからだ。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

100 :右や左の名無し様:2009/12/04(金) 17:09:50 ID:9bP/RWmM
変革とは、このやうな叫びを、死にいたるまで叫びつづけることである。その結果が死であつても構はぬ、
死は現象には属さないからだ。うまずたゆまず、魂の叫びをあげ、それを現象への融解から救ひ上げ、精神の
最終証明として後世にのこすことだ。言葉は形であり、行動も形でなければならぬ。
文化とは形であり、形こそすべてなのだ、と信ずる点で私はギリシャ人と同じである。

三島由紀夫
「『変革の思想』とは――道理の実現」より

101 :右や左の名無し様:2009/12/05(土) 11:02:18 ID:9m6oHa5m
剣を失へば詩は詩ではなくなり、詩を失へば剣は剣でなくなる……こんな簡単なことに、明治以降の日本人は、
その文明開化病のおかげで、久しく気づかなかつた。大正以降の西欧的教養主義がこの病気に拍車をかけ、
さらに戦後の偽善的な平和主義は、文化のもつとも本質的なものを暗示するこの考へ方を、異端の思想として
抹殺するにいたつたのである。
(中略)
以前から、終戦時における大東塾の集団自決が、一体何を意味するかといふことは、私の念頭を離れなかつた。
神風連は攻撃であり、大東塾は身をつつしんだ自決である。しかしこの二つの事件の背景の相違を考へると、
いづれも同じ重さを持ち、同じ思想の根から生れ、日本人の心性にもつとも深く根ざし、同じ文化の本質的な
問題に触れた行動であることが理解されたのであつた。

三島由紀夫
「一貫不惑」より

102 :右や左の名無し様:2009/12/05(土) 11:04:36 ID:9m6oHa5m
影山氏の「日本民族派の運動」を読む人は、かういふ氏の思想の根を知ることによつて、さらに興趣を増すことと
思はれる。氏はおそろしいほど実証的であり、歴史を正す一念において、博引旁証、及ばざるところがない。
忘れつぽい日本人から見ると、その点、却つて日本人離れがしてゐる。実に皮肉なことだが、神風連の事件
そのものが、純潔に自分の思想を守つて抵抗するといふ徹底性の点で、却つて西欧人に理解されやすい要素を
含んでゐると思はれるのと、このことは照応してゐる。西欧化した日本人が、西欧から
学ばなかつた唯一のものこそ、思想に対するこのやうな西欧人の態度なのである。
(中略)又、思想的立場を異にする花田清輝氏などに対しても、本書は公正な態度で、さはやかな記述をしてをり、
その点、思想上の敵に対して卑劣な悪罵の限りをつくす一部の左翼人の著書とは対蹠的である。(中略)
昭和の文学史は、あまりに多くのイデオロギッシュな歪曲や、眼界のせまい文壇人の文壇意識などによつて
毒されてきた。今後昭和の戦前戦中の文学について語る者は、必ず本書に目をとほすことなしには、公正な目を
養ふことができないであらう、と私は信ずる。

三島由紀夫
「一貫不惑」より

103 :右や左の名無し様:2009/12/05(土) 16:20:23 ID:???
西部邁ゼミナール 2009年11月21日放送
http://www.youtube.com/watch?v=saFvjBHlRzU&hl

【直言極言】神風連が遺したもの[桜H21/11/6]
http://www.youtube.com/watch?v=qpaletGs820&hl

104 :右や左の名無し様:2009/12/05(土) 16:43:10 ID:???
結論は…

民主党に投票した低脳は死ね!!!!!!!!!!!!





って事

105 :右や左の名無し様:2009/12/10(木) 14:50:41 ID:to4w8ON7
Q――つぎに東南アジアについてちよつと聞きます。インドも中共との交戦の経験を持つ国ですが、
東南アジアと日本との最大の相違点は、中共の脅威を感じてゐるのと感じてゐない点にあると思ひますが。

三島由紀夫:中共と国境を接してゐるといふ感じは、とても日本ではわからない。
もし日本と中共とのあひだに国境があつて向かう側に大砲が並んでたら、いまのんびりしてゐる連中でも
すこしはきりつとするでせう。まあ海でへだてられてゐますからね。
もつともいまぢや、海なんてものはたいして役に立たないんだけれど。ただ「見ぬもの清し」でせうな。

三島由紀夫
「インドの印象」より

106 :右や左の名無し様:2009/12/10(木) 14:53:26 ID:to4w8ON7
Q――日本人が中共をこはがらないのは一種の幻想的な“大平感”なんだらうけれど、日本にさういつた幻想が
あることも、また一つの現実ぢやないでせうか。

三島由紀夫:たしかにさうですね。幻想(イリュージョン)といへどもなにかの現実的条件によつて保たれてゐる。
ぼく自身は、日本にも中共の脅威はある、と感じてゐます。これは絶対に「事実(ファクト)」です。
しかし、日本人が中共に脅威を感じないといふことは「現実」です。「現実」とはぼくに言はせれば、
事実とイリュージョンとの合金です。
「現実」をささへてゐる条件は、いはくいひがたしで、恐らく何万といふ条件があるでせう。
海もあるし、長い中国との交流の歴史もあるし……。
ものを考へようとするとき、片方の「現実」を「事実」だけでぶちこはさうとしてもダメです。
幻想をくだくには幻想をもつてしなくつちや。ですからもし、ぼくが政治家だつたら……。

Q――「中共はこはくない」といふ幻想は、どうやつてくだきますか?

三島由紀夫:「中共はこはい」といふファクトではなく幻想をもつてですよ。

三島由紀夫
「インドの印象」より

107 :右や左の名無し様:2009/12/10(木) 16:45:19 ID:???
三島由紀夫?
身長が160センチしかないゲイだろw
三島が死んだのは書くことがなくなったから。
できるだけ派手な人目を引く死に方がしたかった。
それには右翼とか天皇とかを持ち出すのが一番。
三島は歌舞伎に精通してたからね。
どうすれば大向こうから喝采を貰えるのか考えた、その結果。
あんまりうまくいかなかったけどねw

108 :右や左の名無し様:2009/12/10(木) 17:12:32 ID:???
>>107
書くことは沢山ありましたよ。それだけじゃ効力がないから行動して、自分の言葉が後々まで遺すために死んだわけ。
あなたのような今も三島の威力を恐れて反発する人間がいること自体が、何より三島の言葉が広まるのを恐れている表れでしょう。

109 :右や左の名無し様:2009/12/10(木) 21:14:14 ID:???
反発? どこが?(爆
すこし日本語の文章を読む練習をしたほうがいいよ。
三島が40を過ぎて書いたものはスカばかり。
みんなどうしていいかわからなかった。
もちろん本人もだ。
あの人は老醜をさらすことをなにより恐れたし
結局あんな風に死ぬしかなかったんだろう。
自分でも、真面目な意図でやったことを人に笑われると嘆いてた。
わたしは三島の大ファンだった。
大学では小堀桂一郎の比較文学の講義で、Aを貰った。
文学部全部が登録できる大教室で、たった二人だけだった。
小堀さんが交換教授で慶應に来てた時だ。
昔の話だ。

110 :右や左の名無し様:2009/12/11(金) 00:03:39 ID:???
>>109
あんたなんか大ファンなわけないでしょ。一度でもファンだったなら、そんな卑劣な貶し方しないからね。

あんたのつまんない自慢なんかどうでもいいよ。そんなもの文学読む感性とほとんど関係ないから。

三島が40過ぎて書いた春の雪、サド侯爵夫人その他、傑作はいくつもありますけど。あんたには読みこなせないだけでね。
それから、そういう貶しは文学板のアンチスレでやってください。スレ違いだから。

111 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2009/12/11(金) 00:58:23 ID:???
>>109 三島先生は偉大だった。それに嫉妬する君はノ−ベル賞を辞退したといふ田吾作の手下か?^^

112 :右や左の名無し様:2009/12/11(金) 15:36:18 ID:/5/6zc/k
安保体制はそれ一つで孤立してゐる問題ではなく、わかり切つたことですが、新憲法とワンセットになつてゐて、
どうしても切り離せないやうにできてゐて今も続いてゐる。
このワンセット関係、換言すれば、シャムの双生児のやうにおなかまでつながつてゐて頭が二つといふ状況を
十分把握しておかないと、安保、憲法は論じられないと思つてゐる。
安保は新憲法における欠陥、すなはち安全保障についての無力を補填するといふ形でできてゐる。
アメリカの本音としては日本を属国にしておきたいけれども、まあ日本が強くならない程度の憲法ぐらゐは
与へておかうと考へたわけですね。さういふ背景を考へると、安保、さらに沖縄の問題が派生的な二次的な
問題だといふことがはつきりしてくる。
私が諸君に、目前の変転する事象に惑はされることなく、根本的なことだけを考へてくれと言ふのは、憲法が
このままでは、日本の防衛問題も最終的な解決はつかない、日本が本当に姿勢を正して本来の姿に戻るには、
このままではだめだと思ふからであります。
三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 三、安保、新憲法はシャムの双生児であるといふことについて」より

113 :右や左の名無し様:2009/12/11(金) 19:19:13 ID:???
やれやれ子供は(笑
大ファンだったのにこれほど嫌いになったのは
あの人のファンだったために人生を誤ったと思っているからだ。
ま、わたしがバカだったんだな、三島の熱狂的読者だったとは。

それから、確かにあの人は小説家としてより劇作家としての才能があり
(自分でもそういってた、劇作家じゃ食えないから小説書いてると)
サド侯爵夫人はいい出来だ。あの人の劇作にはほとんどはずれがない。
春の雪は、あれはね、爆笑ものだよ。年をとればわかるよ。

114 :http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1260529778/:2009/12/11(金) 20:50:49 ID:???
小沢「日中友好のため、陛下には中国人に土下座していただく」

115 :右や左の名無し様:2009/12/11(金) 23:15:23 ID:???
>>113
あんたが大ファンだったわけないね。大ファンなら三島が「自分の責任を人のせいにするな」という教訓を知らないわけないからね。
あんたなんか元々ファンでも読者でもなく、ニワカだっただけでしょうよ。

それに大ファンならば、三島が子供のときから一貫して天皇主義なのを知ってるはずだから、
あんたみたいに、後から右翼や天皇を持ち出したんだとか、ろくに三島のことを知らなくて、巷の上っ面三島評拾ったニワカみたいなこと言うはずないからさ。

116 :右や左の名無し様:2009/12/13(日) 23:51:02 ID:9+KFqsIL
日本の歴史をみてわかるやうに天皇は多くの時代日本文化の中心であられた。日本文化のおほらかな、人間性を
あらはした明かるく素直な伝統が天皇の中に受容されてゐる。この文化の象徴である天皇を守るにはどうしたらいいか。
私は、天皇の鏡にもし日本の文化、歴史、伝統とちがつた、大御心といふことのためでないものが映つてきたならば、
それは陛下は拒絶なさることはできないので、国民がそれを拒絶することが忠義であると思ふ。
共産主義が日本の政体を変へて天皇を日本の文化、伝統から引き離し、あるひは日本の文化を破壊して天皇をすら
破壊しようといふ意図を秘めてゐるのであるから、われわれはこれと戦はねばならないと思ふのである。

三島由紀夫
「私の自主防衛論」より

117 :右や左の名無し様:2009/12/13(日) 23:52:18 ID:9+KFqsIL
そして天皇の伝統が絶たれた場合にわれわれの祖先代々の文化の全体性が侵食されてしまふからこそ、それを
守つて戦はねばならない。そのためにはやはりいまの憲法下でも、非常に制約があるけれども陛下があるときには
自衛隊においでになつて閲兵を受けられることも必要であらう。
あるひは国の名誉の中心として文武いづれの名誉の中心も陛下であられるといふかたちをなんとか新憲法下でも
つくつていけることができるんぢやないかと考へるのである。
私は日本を守るとはどういふことか、守るべきものは何なのかといふことについていま青年たちと議論してゐる。
私はまづ手近なところから、自分にできる範囲のことで小さくやつていきたい。すべてそこから始めなければ
何ごとも始まらない。
国民一人一人がいざといふ場合は銃をとつて立ち上がるぐらゐの気持を持つてやらないと将来の日本は
えらいことになるぞといふ感じを持つてゐる。

三島由紀夫
「私の自主防衛論」より

118 :右や左の名無し様:2009/12/15(火) 14:45:14 ID:qIawdeWB
自衛隊法第三条にも明記されてゐる通り、いまや我々が自衛隊は間接侵略の対処及び、通常兵器による局地的な
侵略については、安保条約の力を借りずに全くの自分の力でこれに対処するやうに規定されてゐる。
…なぜこのやうな変化があつたのかといふと、これは日本の自主防衛力が多く認められてきたことばかりとは
いへない。すなはち、間接侵略といふものは、高度に政治的な戦争形態であり、高度にイデオロギッシュな
性質なものであり、またその範囲はきはめて広く思想戦、心理戦、言論戦から実際のゲリラ戦や、いはゆる遊撃戦
活動から社会主義革命に至るまで、あらゆる段階を含んで進行することは自明であるから、このやうな国内問題に
類する間接侵略に対して、外国軍隊が直ちに第一段階で介入することは内政干渉と受けとられる恐れが充分あるので、
したがつてアメリカとしても間接侵略に対する対処を早く自衛隊自らの手にゆだねようとしたわけであらう。

三島由紀夫
「自衛隊二分論」より

119 :右や左の名無し様:2009/12/15(火) 14:47:11 ID:qIawdeWB
日本の周囲の情勢を見渡すのに、直接侵略事態はむしろ可能性が薄く、間接侵略事態がある程度進行した場合に
はじめて直接侵略事態が起こるであらうといふことが常識として考へられる。
一例がソビエトはいはゆる熟柿作戦といはれてゐるやうに、昔からいつたん相手を安心させてから、例へば
一国が両面作戦を恐れてソビエトと手を握つた時に、ソビエトは一旦これと手を握つて相手を安心させた後に、
相手がソビエトに背をむけて敵と戦つてゐる留守を狙つて背後から、その条約を破つてこれを打ちのめし、占拠し、
あるひは自分の手に収めるといふ時機を狙ふ戦略に甚だ老練であり、甚だ狡猾である。

三島由紀夫
「自衛隊二分論」より

120 :右や左の名無し様:2009/12/15(火) 14:49:05 ID:qIawdeWB
ソビエトが現下のやうな政治情勢で、日本に直接侵攻してくることは、すぐには考へられないけれども、
ソビエトなり北鮮なり中共なりのそれぞれ色彩も形態も異なつた共産主義諸国が、もし日本に政治的影響を及ぼして、
間接侵略事態を醸成するのに成功した場合、そしてそれが日本全国の治安状態を攪乱せしめ、国内の経済も崩壊し、
革命の成功が目の前に迫つた場合、このやうな場合にはソビエトが、あるひは新潟方面に陽動作戦を伴ひつつ
北海道に直接侵攻してくる危険がないとは決していへない。
決していへないけれども、このやうな直接侵略事態を考へる前に、最も我々が問題にすべきものは、これを
最終目的として狙つてくる、間接侵略事態の進行である。

三島由紀夫
「自衛隊二分論」より

121 :右や左の名無し様:2009/12/17(木) 14:17:50 ID:TSKXcSyd
…私は国家といふものの暴力を肯定してもそれが直ちに無前提に戦争を肯定することにはならないといふ立場に
立つものであるが、この立場に真に対立するものが次のやうな毛沢東の言葉なのである。
すなはち「われわれの目的は地上に戦争を絶滅することである。しかし、その唯一の方法は戦争である」これが
毛沢東の独特な論理であつて、この論理がすなはち右に述べたやうな暴力肯定の論理とちやうど反極に立つものである。
すなはちそれは平和主義の旗じるしのもとに戦争を肯定した思想なのである。私は戦後、平和主義の美名が
いつもその裏でただ一つの正しい戦争、すなはち人民戦争を肯定する論理につながることをあやぶんできたが、
これが私が平和主義といふものに対する大きな憎悪をいだいてきた一つの理由である。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

122 :右や左の名無し様:2009/12/17(木) 14:18:52 ID:TSKXcSyd
そして、私の暴力肯定は当然国家肯定につながるのであるから、平和主義の仮面のもとにおける人民戦争の肯定が
国家超克を目的とするかのごとき欺瞞に対しては闘はざるを得ない。国家超克はいはゆる共産主義諸国の理論的前提で
あるにもかかはらず、現実の証明するとほり共産主義諸国も国家主義的暴力の行使を少しも遠慮しないからである。
(中略)しかし「人民戦争のみが正しい暴力である」(このことは、「中共の持つ核兵器のみが平和のための
正しい核兵器である」といふ没論理をただちに招来する)といふ思想は、それほど新しい思想であらうか。
それは又、古くからある十字軍の思想であり、その根本的性格は「道義的暴力」といふことであるが、道義的主張は
どんな立場からも発せられうるものである。かくてあらゆる道義が相対化されるときに、被圧制、被圧迫の立場のみが、
道義的源泉であるとすれば、その自由と解放は、たちまち道義的源泉を涸(か)らすことになるのは自明である。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

123 :右や左の名無し様:2009/12/17(木) 14:19:49 ID:TSKXcSyd
道義の問題を別としても、暴力に質的差異をみとめること、正義の暴力と不正義の暴力をみとめることは、軍隊と
警察の力のみを正義の力とみとめ、その他の力をすべて暴力視する近代国家の論理と、どこかで似て来るのである。
かくて毛沢東の論理は、結局、国家の論理に帰結する、と私は考へる。
私はかりにも力を行使しながら、愛される力、支持される力であらうとする考へ方を好まない。この考へ方は、
責任観念を没却させるからである。責任を真に自己においてとらうとするとき、悪鬼羅刹となつて、世人の
憎悪の的になることも辞さぬ覚悟がなくてはならぬ。それなしに道義の変革が成功したためしはないのである。
自分がいつも正しい、といふのは女の論理ではあるまいか。

三島由紀夫
「砂漠の住人への論理的弔辞」より

124 :右や左の名無し様:2009/12/17(木) 19:12:12 ID:???
>>115
子供の時から天皇主義?
根拠をあげて御覧。

125 :右や左の名無し様:2009/12/18(金) 11:17:18 ID:WLRBvBFe
>>124
「三笠・長門見学」

船は横須賀の波止場へ着いた。ポーッと汽笛が鳴る。
私達は桟橋を渡つた。薄曇りで、また酷い暑さの今日は、海迄だるさうだ。
併し、僕達は元気よく船から飛び出す。三笠の門の前に集合し、そして芝生の間の路に歩を運ぶ。
艦前に来て再び集まり、三笠保存会の方から、艦の歴史やエピソォドを伺つた。
お話が終ると私は始めて三笠を全望した。
見よ!此の勲高き旗艦を。そしてマストにはZ信号がかゝげられてゐる。
時に、雲間を割つて出でた素晴らしき陽は、この海の館を愈々荘厳ならしめた。
艦頭の国旗は、うすらな風にひるがへり、今にも三笠は、大波をけつて走り出さうだ。
一昔前はどんな設備で戦つてゐたのか、早く見たくなつた。
やがて案内の人にともなはれて急な階段を上り、艦上に入る。よく磨かれた大砲が海に向つて突き出てゐる。
こゝで日本の大きな威力が世界に見せられたわけだ。
伏見宮様の御負傷の御事どもをお聴きして、えりを正した。其処此処に戦士者の写真が飾られてあるのも哀れだ。
(続く)

平岡公威(三島由紀夫)
中等科一年、12歳の作文

126 :右や左の名無し様:2009/12/18(金) 11:19:30 ID:WLRBvBFe
「三笠・長門見学」

私達は最上の甲板に登つて東郷大将の英姿を想像してみた。
手に望遠鏡、頭上には高くZ信号。……皇国の興廃此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ……。
とは単なる名文ではなくて、心の底から叫んだ愛国の声ではないか。
士官の室が大変立派なのにも驚いた。又会議室へ行つて此処でどんな戦略が考へられたかと思つた。
艦の全体にペンキで戦痕が記されてある。
こんなに沢山弾を受けたのに一つも艦の心臓部に命中しなかったのは畏い極み乍ら、天皇の御稜威のいたす所であらう。
艦を出て、暫時休憩し、昼食を摂る。休憩が済むと、再び海に沿うた道を歩く。
そここゝにZ信号記念品販売所等と看板があるのも横須賀らしい。さうする中に海軍工廠の門内へ入つた。
…其の内にランチへ乗る。さうして五分も経たないで長門につく。
先づ此れを望んで、さつきの三笠と較べて見ると、余りにその設備の新式なのに驚いた。
艦上には四十サンチの素晴らしい大砲がある。
…あゝ日本の精鋭長門、こんな軍艦があつてこそ、日本の海は安全なのであらう。

平岡公威(三島由紀夫)
中等科一年、12歳の作文

127 :右や左の名無し様:2009/12/18(金) 11:20:37 ID:WLRBvBFe
「我が国旗」

徳川時代の末、波静かなる瀬戸内海、或は江戸の隅田川など、あらゆる船の帆には白地に
朱の円がゑがかれて居た。
朝日を背にすれば、いよよ美しく、夕日に照りはえ尊く見えた。
それは鹿児島の大大名、天下に聞えた島津斉彬が外国の国旗と間違へぬ様にと案出したもので、
是が我が国旗、日の丸の始まりである。
模様は至極簡単であるが、非常な威厳と尊さがひらめいて居る。
之ぞ日出づる国の国旗にふさはしいではないか。
それから時代は変り、将軍は大政奉くわんして、明治の御代となつた。
明治三年、天皇は、この旗を国旗とお定めになつた。そして人々は、これを日の丸と呼んで居る。
からりと晴れた大空に、高くのぼつた太陽。それが日の丸である。

平岡公威(三島由紀夫)
11歳の作文

128 :右や左の名無し様:2009/12/18(金) 16:56:09 ID:WLRBvBFe
私は戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の富)だと考へる者である。

三島由紀夫
「わが『自主防衛』」より

129 :ハゲキモオザワは支邦の豚包茎宦官であろう:2009/12/18(金) 20:58:52 ID:???
是が我が国旗、日の丸の始まりである。
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50941023.html

130 :右や左の名無し様:2009/12/20(日) 15:55:20 ID:2s3rfRFI
…無益な武力的抵抗によつて、国家主権を奪はれるくらゐなら、流血の惨を避け、秩序を保つて表面的に妥協を
受け入れ、国家の存立をはかつたはうがよい、といふならば、非武装抵抗の利点は、一つは血を流さないですんだ、
といふことと、一つは国家の主権が曲りなりにも保たれたといふことでなければならない。
しかし、それはあくまで「非武装抵抗」の利点であつて、「非武装」の利点ではない。
非武装(チェコは事実上非武装国家ではなかつたが)それ自体は、強大な武力に対して何らの利点を持ちえない
ことは明らかである。武力抵抗の反対概念は、非武装そのものではなく、非武装抵抗といふことであらう。

三島由紀夫
「自由と権力の状況」より

131 :右や左の名無し様:2009/12/20(日) 15:57:18 ID:2s3rfRFI
そして非武装抵抗の存立条件は、国民の結集した否(ノン)にしかなく、又、陰に陽にサボタージュその他で
抵抗する他はないが、次に来る段階は、非武装抵抗ですら血を流さずには有効性は発揮しえぬ、といふ段階であり、
又、国家の主権が曲りなりにも保たれても、その国家権力の実質的な主導権を奪はれるといふ状況をすでに
容認するならば、そのあとで、実質的な主導権を奪ひ返さうといふ抵抗は、抵抗の最初の論理的根拠を欠くことになる。
なぜなら、われわれが抵抗の手段の選択を迫られたとき、その一方(すなわち非武装)によつて、論理的に
一貫するならば、敵をすでに受け入れた己れの状況に対する抵抗とは、われわれ自身に対する抵抗に他ならなく
なつてしまひ、抵抗の論理は自らの身を喰ふものになるからであり、つひには抵抗それ自体が成立たなくなるからである。
そのとき、われわれは、非武装抵抗の利点が一つもない地点に立つてをり、「非武装抵抗」と「非武装」とは
同義語になり、つひには敗北主義の同義語になるのである。

三島由紀夫
「自由と権力の状況」より

132 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2009/12/20(日) 18:00:16 ID:???
唯一の政治思想ですね。書き込みに感謝します。
私のHPでも先生の思想を書き込みましたが、最近はとぽっぽの圧力で閉鎖させられました。
新年には新たなHPを開設しますが...

133 :右や左の名無し様:2009/12/20(日) 20:29:12 ID:???
>>132
もうそんな圧力があるとは・・中国化したら2ちゃんも危ないね

134 :右や左の名無し様:2009/12/27(日) 22:05:25 ID:WuoFEedo
チャンネル桜を売った村田春樹 に一致する日本語のページ 約 40,300 件中 1 - 10 件目 (0.23 秒)
http://www.google.co.jp/

135 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2009/12/27(日) 22:44:37 ID:???
何があっても撤退しないのがわたしです^^

136 :右や左の名無し様:2009/12/28(月) 13:29:07 ID:B6MZJ92A
このやうな日本の生温い状況が、現在および将来にどのやうな意味を持つてゐるかを探つてみれば、これは
安保以前、安保以後の問題ではなく、精神の問題であると考へられる。
精神といふと、またいつもの精神主義かといはれるかもしれないが、われわれの決意としては、吉田松陰の
「汝は功業をなせ、我は忠義をなす」との信念で行くほかないと思つてゐる。「功業」といふのは、自分が
大政治家として権力を握らなければ役立たない。そしてその権力を背景として自分の考へたことを実現していくことが
「功業」の意味で、それはいづれは大勲位の勲章をもらつて、うまくすると国葬にまでしてもらへるみちです。
しかし、「忠義」は枯野に野垂れ死にするみちです。何の効果もなく、人のわらふところになるかもしれず、
その瞬間瞬間には、全く狂人の行ひとしか見えないやうなことになるかもしれないわけです。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 六、松陰は狂はなければならなかつたといふことについて」より

137 :右や左の名無し様:2009/12/28(月) 13:32:05 ID:B6MZJ92A
吉田松陰が「狂」といふことを盛んに言ひ出したのは晩年ですが、やはり松陰の時代にも、全てをシニカルに
見てわらひ飛ばすやうな江戸末期の民衆の世界があつたわけで、とにかく毎日が楽しければよく、明日のことなど
考へる必要がないではないか、お国なんかどうなつてもよいといふやうな民衆の心理的基調があつた。さういふ
基本的メンタリティがあつたわけです。さういふ状況の中で、松陰は、孤立して狂つてゐるのではないかと
疑はれるほど精神が先鋭化していくのを自覚したに違ひない。
そして、松陰が異常に孤立した、自分一人しかゐない、自分が狂人だと思つた段階から明治維新は動き出したわけです。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 六、松陰は狂はなければならなかつたといふことについて」より

138 :右や左の名無し様:2009/12/28(月) 13:35:20 ID:B6MZJ92A
私は、諸君がこれを肚の中に一人一人持つてもらひたいと思ふ。左翼の大衆運動といふものは、大衆を動かさなければ
どうにもならないので、まづ大衆を巻き込んで、彼らの大きな力で状況を変へていく、といふのが基本的な立場ですね。
赤軍派の場合は例外と言へるかもしれないが、左翼は一般にさうですね。
ところがわれわれの立場は、孤立を恐れない、孤立でほかにみちなく、助けてくれる身方もゐない、さうなつた
状況から、初めて何かが始まるのです。いはば絶望からの出発といふのが特色だと思はれる。いはゆる能動的虚無、
さういつた絶望感を胸の中で噛みしめたことのない人間は、松陰の忠義のみちを行くことはできない。
かりにも世間を甘く考へて、世間の支持を期待したり、大衆をあてにするやうな思想の磨き方ではどうにも
ならないところまで来てゐることを自覚して欲しい。

三島由紀夫
「『孤立』ノススメ 七、絶望から思想を磨くといふことについて」より

139 :右や左の名無し様:2010/01/01(金) 13:48:04 ID:???
いま日本の最高支配者は薩長連合(鹿児島県、山口県)の田舎侍です。

・坂本龍馬は日本をいまも破壊しているテロリスト薩長連合の工作員だっただけの者です。
・織田信長の時代から戊辰戦争まで、鉄砲隊のガンパウダーはガンパウダー1樽につき、
日本人の若い娘50人を海外に売ることで調達していました。

・自殺者3万人(実際は8万とも)は薩長連合が原因です。日本はいまだに武家社会です。
・明治維新テロは薩長連合が海外の貴族やユダヤから金を借り(年利18%)て起こした国家転覆テロ。
・総理大臣、大蔵大臣、外務大臣や公安、警察、自衛隊の歴代トップは鹿児島県、山口県、
高知県、佐賀県、 長崎県出身者ばかりです。 公務員は薩長連合の使用人です。
公務員は国民を支配する道具。国策捜査は薩長連合やアメリカのための捜査です。
・日本経団連の企業は明治以前からの支配階級の関係者が興したものばかり。
・アメリカを代表する洗脳の専門家アーネスト・ヒルガードは戦後来日して
「戦後日本の教育の非軍事化」のために働き、スタンフォード大学からその功績を讃えられます。
鳩山由紀夫もスタンフォード大学卒業です。洗脳はいまも続いています。
・薩長連合は株式会社ゆうちょ銀行の郵便貯金を海外の貴族やユダヤに差し出そうとしている。
・アメリカ財務省証券購入で日本人は毎年アメリカに30兆円以上差し出している。
・日本人が貯蓄した金が海外にいき、信用創造で1000倍になりそれで日本の土地が買われる。
日本は破産し、IMF管理下でも 薩長連合は安泰で国民はIMFに感謝するように洗脳される。
(洗脳支配  苫米地英人  株式会社ビジネス社)
日本の政治家には朝鮮人がいます。安★部、小★泉、菅★、小★沢。
2ちゃんねるはトウ一きょう会が運営してIP集めや、自作自演して洗脳工作する場です。
http://jb★bs.liv★edoor.jp/bbs/read.cgi/news/20★92/11★94947143/
薩長連合は戦争やシベリア抑留で日本人の抵抗勢力を殺したのか。戦争は自国民を殺すためにも使われる。
薩長連合のために警察がインターネット規制をする。今年東京では匿名でネットカフェから情報を発信できなくなる。
情報遮断、ネット情報遮断、ネット検閲は戦後の洗脳と同じやり口。薩長連合は日本人ではない。w

140 :右や左の名無し様:2010/01/08(金) 10:55:14 ID:5PtkofHy
如何にせん 保守政治1/5〜5/5
ttp://www.youtube.com/watch?v=CXcJVG3xOdo&hl
ttp://www.youtube.com/watch?v=TAEvbDCEftM&hl
ttp://www.youtube.com/watch?v=hwraWmd7wpw&hl
ttp://www.youtube.com/watch?v=DLM7gy-6fFI&hl
ttp://www.youtube.com/watch?v=1zJmETW4G5o&hl

141 :右や左の名無し様:2010/01/14(木) 12:43:10 ID:/og70hw4
絶望を語ることはたやすい。しかし希望を語ることは危険である。
わけてもその希望が一つ一つ裏切られてゆくやうな状況裡に、たえず希望を語ることは、後世に対して、
自尊心と羞恥心を賭けることだと云つてもよい。

三島由紀夫
「『道義的革命』の論理――磯部一等主計の遺稿について」より

142 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 10:28:01 ID:CqTmVJJg
Q――士道とは何か。

三島由紀夫:…ぼくは、魂の問題といふことで「士道」といふ言葉を使つた。内面的なモラルといつてもいい。
内面的なモラルといふものは、自分が決めて自分がしばるものだ。
それがなければ、精神なんてグニャグニャになつちやふ。
今日では、自分で自分をしばるといつたストイックな精神的態度を、だれも要求しなくなつた。
ストイックなのは損だと、だれもが考へてゐる。

三島由紀夫
「精神的ダンディズムですよ」より

143 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 10:29:07 ID:CqTmVJJg
Q――「士道」の復活は、現代において可能ですか。

三島由紀夫:ぼくはさういふふうに問題を考へてゐない。
「士道」といふ言葉をいふのは、その言葉が、まるで一滴のしづくのやうにその人の心にしたたつたら、
自分で考へてごらんなさい――といふだけなんです。
「士道」といふものは、マスコミを通じて広まるやうな性質のものではない。
われわれの心の中を探つてみると、心のなかに持つてゐる自己規律に照らして、どこかやましいものがあるはずだ。
やましいものがあれば、士道に反してゐるのだと考へるべきだ。それが日本人だと思ふんです。
なぜやましさを感じるか。それは士道にもとつてるからなんです。士道つてそんなものではないか。
一言でいへば、「士道」とは男の道ですよ。

三島由紀夫
「精神的ダンディズムですよ」より

144 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/21(木) 12:18:25 ID:Iejpc1aW
非人が語る士道ってなあ・・・

145 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 13:03:14 ID:???
>>144


戦後軍のダイヤモンドを日本へ持ち込み さばいた金で刑務所でしりあった岸に自民党つくらせ
あらゆる事で国のかねをポケットにいれ CIA工作員にならしてくれと頼むも断られ続け あげく右翼のセスナ機が自宅テロ
菱の三代目と万年東一氏はこの方を嫌い続け反抗し続けていた、とアウトロー板見ましたが、あってるんですか?
あと万年氏が握っていた「弱み」ってなんなんでしょう 

146 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 13:09:50 ID:???
>>144
その類いの煽りは日教組サヨクが捏造した古いガセネタ。

147 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 21:19:11 ID:???
>>144
三島は非人なのか?

148 :右や左の名無し様:2010/01/21(木) 21:28:07 ID:???
三島先生は天皇陛下から恩賜銀時計を賜った学習院一の秀才でした。

149 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/22(金) 00:03:33 ID:ElroLa9g
>>145 長州嫌いだけど何か?

>>146 顔がキムチっぽくて嫌い。

>>147 祖先が藩主が禁じてた鶴食ったんで非人の子孫みたいよ。

150 :右や左の名無し様:2010/01/22(金) 00:05:08 ID:ElroLa9g
右翼がマンセーしてやがんから糞。

151 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/22(金) 00:06:49 ID:ElroLa9g
んで、コテ入らねんだよw

152 :右や左の名無し様:2010/01/24(日) 16:04:34 ID:???
>>149
鶴を食った?ガセネタをさらに歪曲するバカの見本をみせてもらったよ。そうやって作り話が発展していくんだとわかったわ。
くだらない大昔のレッテル差別を重大視してる時点で間抜け丸出しだし。

153 :右や左の名無し様:2010/01/25(月) 14:09:53 ID:???
>>152
>>149を読んで信じちゃったよ。そうなの?ガセネタ?

154 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/25(月) 14:21:03 ID:0uGeGnQm
>>152 なんつうのかなあ、あの溢れ出んばかりの品性の無さや右翼がマンセーしてん
所から全く疑う余地が無いっつうか超納得w元々日本人だったかさえも怪しいw

155 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/25(月) 14:23:58 ID:0uGeGnQm
>>152 差別ぢゃなくて区別だからね、言葉あちゃんと選べ。

後、主張してえんならsageとか打ってんぢゃねえ根性無しがwww

156 :右や左の名無し様:2010/01/25(月) 14:49:50 ID:???
>>154
ああ、あんた薩摩はユダヤだとか朝鮮だとか小泉安倍は朝鮮だとかくだらないこと言いながら、
反日活動してるリチャードコシミズみたいな中共工作員か。バカ丸出し。

157 :右や左の名無し様:2010/01/25(月) 15:18:53 ID:buXsQltn
日本とは何か、といふ最終的な答へは、左右の疑似ナショナリズムが完全に剥離したあとでなければ出ないだらう。
安保賛成も反共も、それ自体では、日本精神と何のかかはりもないことは、沖縄即時奪還も米軍基地反対も、
それ自体では、日本精神とかかはりのない点で同じである。そしてまたそのすべてが、どこかで日本的心情と
馴れ合ひ、ナショナリズムを錦の御旗にしてゐる点でも同格である。「反共」の一語をとつても、私はニューヨークで、
トロツキスト転向者の、祖国喪失者の反共屋をたくさん見たのである。
私は自民党の生きる道は、真のリベラリズムと国際連合中心の国際協調主義への復帰であり、先進工業国における
共産党の生きる道は、すつきりしたインターナショナリズムへの復帰しかないと考へる。
真にナショナルなものとは何か。
それは現状維持の秩序派にも、現状破壊の変革派にも、どちらにも与(くみ)しないものだと思はれる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

158 :右や左の名無し様:2010/01/25(月) 15:21:01 ID:buXsQltn
現状維持といふのは、つねに醜悪な思想であり、また、現状破壊といふのは、つねに飢ゑ渇いた貧しい思想である。
自己の権力ないし体制を維持しようとするのも、破壊してこれに取つて代らうとするのも、同じ権力意志の
ちがつたあらはれにすぎぬ。
権力意志を止揚した地点で、秩序と変革の双方にかかはり、文化にとつてもつとも大切な秩序と、政治にとつて
もつとも緊要な変革とを、つねに内包し保証したナショナルな歴史的表象として、われわれは「天皇」を持つてゐる。
実は「天皇」しか持つてゐないのである。中共の「文化」大革命に決定的に欠けてゐる要因はこれであり、かれらは
高度な文化の母胎として必要な秩序を、強引な権力主義的な政治的秩序で代行するといふ、方法上の誤りを犯した。
文化に積極的にかかはらうとしない自由主義諸国は、この誤りを犯す心配はない代りに、文化の衰弱と死に直面し、
共産主義諸国は、正に文化と政治を接着し、文化に積極的にかかはらうとする姿勢において、すでに文化を殺してゐる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

159 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/25(月) 22:51:50 ID:rTIQuYHR
>>156 はあ?妄想でも見えんのかたこ、俺あ新自由主義だし小泉への批判なんか殆どねえぞ。

福田はokだが安倍も薩摩もあんまし評価しねえけどな、右翼とかマジ信じてんの?小泉が靖国に
参拝した時「土下座しろっ」ニダって唸ってたぞあいつら、ヒキってねえで現場見て来いやボケ、
ああ?エラ付きの糞ニダーぢゃそん位しきゃ書かねってかあ?(笑

160 :右や左の名無し様:2010/01/25(月) 23:30:32 ID:???
>>159
靖国参拝反対する右翼なんかいるわけないでしょう。バカじゃないの、あんた。
そんな似非を右翼と思ってるあんたが知能障害ってだけだよ。

161 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/26(火) 00:57:53 ID:5vX7+w7h
>>160 お前さあ、似非が居るって認めといて居る訳ないでしょとか矛盾した事ほざいてんぢゃねえよ。

ID隠してコテも付けねえで、んな出鱈目な言い訳で通用するかボケ。

162 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/26(火) 00:59:07 ID:5vX7+w7h
非人三島に集ってるなあ焼肉臭いエラ付きばっかかあ?

163 :事情通 ◆i0aKUU4bIw :2010/01/26(火) 01:10:01 ID:???
と高卒、無職が泣いてます^^

164 :右や左の名無し様:2010/01/26(火) 09:07:28 ID:???
>>163
巫山さんは会社員ですよ。

165 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/26(火) 12:11:36 ID:GB145iO8
>>163 三島のスレに集う自称愛国者の程度が知れるなw

166 :右や左の名無し様:2010/01/28(木) 11:41:50 ID:QmGIseZ2
>>158つづき
(中略)最近私は一人の学生にこんな質問をした。
「君がもし、米軍基地闘争で日本人学生が米兵に殺される現場に居合はせたらどうするか?」
青年はしばらく考へたのち答へたが、それは透徹した答へであつた。
「ただちに米兵を殺し、自分はその場で自決します」
これはきはめて比喩的な問答であるから、そのつもりできいてもらひたい。
この簡潔な答へは、複雑な論理の組合せから成立つてゐる。すなはち、第一に、彼が米兵を殺すのは、日本人としての
ナショナルな衝動からである。第二に、しかし、彼は、いかにナショナルな衝動による殺人といへども、殺人の
責任は直ちに自ら引受けて、自刃すべきだ、と考へる。これは法と秩序を重んずる人間的倫理による決断である。
第三に、この自刃は、拒否による自己証明の意味を持つてゐる。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

167 :右や左の名無し様:2010/01/28(木) 11:42:45 ID:QmGIseZ2
なぜなら、基地反対闘争に参加してゐる群衆は、まづ彼の殺人に喝采し、かれらのイデオロギーの勝利を叫び、
彼の殺人行為をかれらのイデオロギーに包みこまうとするであらう。しかし彼はただちに自刃することによつて、
自分は全学連学生の思想に共鳴して米兵を殺したのではなく、日本人としてさうしたのだ、といふことを、
かれら群衆の保護を拒否しつつ、自己証明するのである。
第四に、この自刃は、包括的な命名判断(ベネンヌンクスウルタイル)を成立させる。すなはちその場のデモの
群衆すべてを、ただの日本人として包括し、かれらを日本人と名付ける他はないものへと転換させるであらうからである。
いかに比喩とはいひながら、私は過激な比喩を使ひすぎたであらうか。
しかし私が、精神の戦ひにのみ剣を使ふとはさういふ意味である。

三島由紀夫
「『国を守る』とは何か」より

168 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/28(木) 12:01:37 ID:5Rp+qHpj
憎い日本人はアメリカ人を殺して自分も死ねニダってこったね?www

169 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 11:21:50 ID:encgaC88
私が同志的結合といふことについて日頃考へてゐることは、自分の同志が目前で死ぬやうな事態が起つたとしても、
その死骸に縋(すが)つて泣く事ではなく、法廷においてさへ、彼は自分の知らない他人であると、証言出来る
ことであると思ふ。それは「非情の連帯」といふやうな精神の緊張を持続することによつてのみ可能である。
しかし、私はなにも死を以つてのみ同志あるひは同志愛の象徴とは考へない。また死を以つてのみ革命的な
行動の精華、成就とも考へるものではない。ただ真に内発的な激怒や行動だけが、ある目的のもとになされた行為の
有効性を持つのであるといふ考へ方だけは、私にとつて変ることのないものである。
死が自己の戦術、行動のなかで、ある目標を達するための手段として有効に行使されるのも、革命を意識する
ものにとつては、けだし当然のことである。自らの行動によつてもたらされたところの最高の瞬間に、つまり、
劇的最高潮に、効果的に死が行使出来る保証があるならば、それは犬死ではない。

三島由紀夫
「わが同志観」より

170 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 11:29:16 ID:R3l9UELD
人と人ってな其々違う、同士とか結合とかマジ気持ち悪い、ホモ?

171 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 11:45:16 ID:???
うんこ

172 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 13:32:27 ID:???
>>170
リベラルぶった隠れ共産党が必死だな

173 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 14:04:14 ID:TPwU5aeo
>>172 代々木生まれだけどなあ、右よか右でこそ中道だぜw中道の俺から言わせたら貧乏キムチ臭い最底辺馬鹿街宣とか
全然共産主義ぢゃんかwww

174 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 14:09:55 ID:???
>>173
聞いてもないのに、代々木生まれとか日本人ぶって必死だな。代々木生まれの外人のくせに。

175 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 14:15:57 ID:TPwU5aeo
>>174 馬鹿だなあ日本共産党の聖地だぜ代々木あwちったあかじった連中なら「此の差別主義者ニダ!」とか言って絡んで来るw

物知らな過ぎ、見習い一号とかてコテでも付けとけ。

176 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 14:42:18 ID:???
>>175
それがどうした。話そらして誤魔化すんじゃねーよ、外人が。

177 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 14:52:56 ID:???
田母神論文を読んで感心するのは、最新の歴史的知見が盛り込まれていることである。
特に着目すべきは「VENONA」である。
このソ連の暗号解読文書が第二次世界大戦中のソ連スパイの暗躍を証明するものとして極めて重要な地位を
占めている事を知る者は未だ日本では少数である。
然し、欧米に於ては「VENONA」は「エニグマ」と同等に重要な史料であり、NSAのHPにて公開され、研究者によって
F.D.ルーズベルト大統領の周囲にコミンテルンやGRUなどのソ連シンパ、スパイが約300名蠢いていた事が
示されている。その300名の内、正体が割れた者はその半数足らずである。
そしてこの情報を一人、握りしめていた者が半世紀以上ものあいだFBI長官の座を占め続け、合衆国大統領をも
恐怖せしめたフーバー長官であり、彼が死去した後、ビル・クリントン大統領になって1990年代に初めて
公開されたものである。
アメリカの出版物ではVENONAに依拠した記述が数多認められる。
日本の歴史学会はその事実を無視しているか、相当に遅れたものであり、田母神論文がVENONAなどの新しい
知見を盛り込んでいることは驚嘆に値する。

178 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 16:37:22 ID:R3l9UELD
>>176 はあ?誤魔化すてwリベラルぶった隠れ共産党をニカ?外人をニカ?(笑

お前が頓珍漢なんぢゃねえかよ、何百年日本で教育してやったらお前らヒトモドキあ
人類に成れるんだあよ?ふぁびょふぁびょしてんなようす穢え半島土人が。

>>177 コミンテルンの陰謀ってかあ?コミンテルン最強伝説でも作れるんぢゃねえ?(笑
北方領土ニダってかあ?自分らの悪事を棚上げにする為にキムチが煽るソ連の脅威はもう飽きたわ。

179 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 17:29:01 ID:???
>>178
釣られて正体表したな、反日白人野郎が。反捕鯨でもやってろクズハゲ外人(笑)

180 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 18:19:58 ID:TPwU5aeo
>>179 何故俺が白に成るニカ?家紋の使い方も知らず、ちびちび指詰めてる穢え土人が日本人語んぢゃねえ、虫唾がはしる。

181 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 19:14:16 ID:???
>>180
なんで指詰めなきゃいけないんだよ、くだらねえ任侠映画にかぶれてんじゃねーよ、偽日本人が。
天皇否定のおまえの家の家紋なんかどうでもいいし、潰れろ(笑)

182 :右や左の名無し様:2010/01/29(金) 19:40:42 ID:???
キチガイコテ巫山戯為奴はスルー推進

183 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/29(金) 21:28:12 ID:R3l9UELD
>>181 右翼はチョンで馬鹿できっちーなのでふぁびょふぁびょすんと指を詰めるのあデフォ、死ぬ死ぬ詐欺で厨二病のリスカみたいな物、
家紋は家の存在を示す為に本人が使ってこそ意味を成す訳で、威厳を借りる為に使うのでは乞食と変わらない。

日本では自分の家の家紋を使う事は天皇家の否定には成らない、寧ろ天皇家と他の家は別の物と区別する事に意味が有る訳で、
他所の家と同じ家紋を使う事は其の家の否定と同義だ、お前のあ事大主義で内的規範の低い朝鮮人ならではの思考、お前みたいな朝鮮人は
<朝>とか<韓>て刺繍して使っとけ。(笑



自民党に小指送った右翼幹部を逮捕

 岡山県警公安課と倉敷署は23日、安倍晋三首相が靖国神社に参拝しなかったことに抗議しようと切断した自分の小指を自民党本部(東京)
に送り付けたとして、脅迫の疑いで岡山県倉敷市二日市、右翼団体幹部丹正善裕容疑者(54)を逮捕した。

 調べでは、丹正容疑者は、安倍首相が8月15日に参拝しなかったことへの抗議文や、切断した左手の小指が入った封筒を16日、
自民党本部に郵送。20日に開封した党職員を脅した疑い。

 切断した様子を撮影したDVDも同封していた。

 丹正容疑者は18日に倉敷署に自首。自民党からの被害届を待って逮捕した。調べに「抗議文だけでは相手にされないと思い、小指も入れた」
と供述しているという。
[ 2007年08月23日 11:29 速報記事 ]

http://megalodon.jp/?url=http%3A%2F%2Fwww.sponichi.co.jp%2Fsociety%2Fflash%2FKFullFlash20070823011.html&date=20070907221742

184 :右や左の名無し様:2010/01/30(土) 10:54:37 ID:???
>>183
> 日本では自分の家の家紋を使う事は天皇家の否定には成らない

↑なに当たり前のことを威張って言ってんの?そんなことをいちいち声高に言うほど、あんたにとっちゃ、珍しい発見だったわけ?
偽日本人バカサヨクがが日本人のふりして、反日活動必死だな。

185 :右や左の名無し様:2010/01/30(土) 11:02:32 ID:j/TZw7VR
或る有名な左派の政治学者は、戦後二十年、ファシズムと軍国主義以上に悪いものはないと主張する政治学で
人気を得てゐたが、新左翼の学生に研究室を荒らされ、頭をポカリとなぐられたとき、「ファシストもこれほど
暴虐でなかつた。軍閥でさへ研究室まで荒らさなかつた」と叫んだ。二十年間彼が描きつづけた悪魔以上の悪魔が、
他ならぬ彼の学説上の弟子の間から現はれたといふわけだ。
日本民族の独立を主張し、アメリカ軍基地に反対し、安保条約に反対し、沖縄を即時返還せよ、と叫ぶ者は、
外国の常識では、ナショナリストで右翼であらう。ところが日本では、彼は左翼で共産主義者なのである。
十八番のナショナリズムをすつかり左翼に奪はれてしまつた伝統的右翼の或る一派は、アメリカの原子力空母
エンタープライズ号の寄港反対の左翼デモに対抗するため、左手にアメリカの国旗を、右手に日本の国旗を持つて
勇んで出かけた。これではまるでオペラの舞台のマダム・バタフライの子供である。

三島由紀夫
「STAGE-LEFT IS RIGHT FROM AUDIENCE」より

186 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/30(土) 14:36:58 ID:+ghvAtzI
>>184 あっれあれえ?家紋の使い方の話しをしてたら君が突然お前は天皇否定ニダって言い出したんぢゃないかw

だいたい馬鹿街宣共あ家紋の使い方を知らなくて天皇家の家紋を勝手に使っちゃってんから家紋の使い方を説いて
やってるんぢゃねえか、Bだの在日の乞食チョンはそやって自分の発言からも逃げ回ってこそチョン。

187 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/30(土) 14:40:03 ID:+ghvAtzI
>>185 其れは日本では右翼も左翼もイデオロギーではなく只の商売だからなんだよね。

俺々詐欺なんだよ。

188 :右や左の名無し様:2010/01/30(土) 15:12:04 ID:???
>>186
私は日本人だよ。
なんでもかんでもチョンだのレッテル貼って、あんたバカなんじゃないの?
あんたが嫌いな右翼とそっくりじゃん。あんたが朝鮮人や支那人にみえるんだけど。
脳障害、ご自愛くださいませ。

189 :右や左の名無し様:2010/01/30(土) 15:12:59 ID:???
『拉致被害者は北朝鮮に帰れ』by鈴木邦男(新右翼)

190 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/30(土) 15:34:28 ID:+ghvAtzI
>>188 をいをい、何が今更俺様と同じだ、話逸らしてんなよ、物乞いすんなwww

ウリの事嫌う奴等は皆右翼ってかあ?中道左派だっつてんだろ、自己愛の気違い土人がwww


174 :右や左の名無し様 :2010/01/29(金) 14:09:55 ID:???
>>173
聞いてもないのに、代々木生まれとか日本人ぶって必死だな。代々木生まれの外人のくせに。

176 :右や左の名無し様 :2010/01/29(金) 14:42:18 ID:???
>>175
それがどうした。話そらして誤魔化すんじゃねーよ、外人が。

176 :右や左の名無し様 :2010/01/29(金) 14:42:18 ID:???
>>175
それがどうした。話そらして誤魔化すんじゃねーよ、外人が。

179 :右や左の名無し様 :2010/01/29(金) 17:29:01 ID:???
>>178
釣られて正体表したな、反日白人野郎が。反捕鯨でもやってろクズハゲ外人(笑)

181 :右や左の名無し様 :2010/01/29(金) 19:14:16 ID:???
>>180
なんで指詰めなきゃいけないんだよ、くだらねえ任侠映画にかぶれてんじゃねーよ、偽日本人が。
天皇否定のおまえの家の家紋なんかどうでもいいし、潰れろ(笑)

184 :右や左の名無し様 :2010/01/30(土) 10:54:37 ID:???
>>183
> 日本では自分の家の家紋を使う事は天皇家の否定には成らない

↑なに当たり前のことを威張って言ってんの?そんなことをいちいち声高に言うほど、あんたにとっちゃ、珍しい発見だったわけ?
偽日本人バカサヨクがが日本人のふりして、反日活動必死だな。

191 :右や左の名無し様:2010/01/30(土) 19:27:31 ID:???
>>190
あんたには日本語が通じないようだね。
「あんたが嫌いな右翼」の主語を目的語に取り違えてるし。偽日本人バレバレ。
気違い反日サヨク外人だと判明しました。

192 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/30(土) 19:56:35 ID:+ghvAtzI
>>191 お前が俺を外国人だと言い出したんだぞ、まあ俺もソウルに行けば外国人だがwww

何故家紋の使い方も知らなくて、指詰めなんてチョンの風習を日本で行う焼肉臭い馬鹿右翼を批判してたら
反日ブサヨの外国人に成るんだ?対してお前にはキムチ右翼を庇ってる訳なので頭可笑しい部落民か在日の
糞チョンだと言う結論にしか成り得ない。

193 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/01/31(日) 00:22:54 ID:???
朝鮮猿^^

194 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/31(日) 00:33:54 ID:9zoLvuxR
ちっ、糞キムチかよ、ブサヨあドン引きだし最近あ焼肉臭えのに絡まれてばっかしだなw

195 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/01/31(日) 00:48:22 ID:???
朝鮮学校中退でも、京都の学校防衛に行けば?^^

196 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/01/31(日) 01:37:25 ID:9zoLvuxR
誰がお前の身の上話をしろとw

197 :右や左の名無し様:2010/01/31(日) 14:34:03 ID:???
焼肉とキムチ食べたくなった。

198 :右や左の名無し様:2010/01/31(日) 22:25:50 ID:r/H4thII
2.2 「頑張れ日本!全国行動委員会」結成大会
       & 日本解体阻止!外国人地方参政権阻止!全国総決起集会

平成22年2月2日(火)  於・日比谷公会堂

13時00分  開場
14時00分  第一部 「頑張れ日本!全国行動委員会」 結成大会
17時00分  第二部 「頑張れ日本!全国行動委員会」 日本解体阻止!外国人地方参政権阻止!全国総決起集会
20時00分  終了

主催
頑張れ日本!全国行動委員会(準備委員会)
草莽全国地方議員の会
日本文化チャンネル桜ニ千人委員会有志の会

http://www.ch-sakura.jp/topix/1360.html

199 :右や左の名無し様:2010/02/01(月) 00:11:34 ID:VZ8bzSuV
↑途中で飯くらいくえんのか

200 :右や左の名無し様:2010/02/01(月) 17:34:15 ID:???
焼肉とキムチが出ます。

201 :右や左の名無し様:2010/02/01(月) 23:25:46 ID:???
中国製の冷凍餃子の払い下げも出ます。

202 :右や左の名無し様:2010/02/02(火) 08:59:45 ID:???
お土産は出るのか?

203 :右や左の名無し様:2010/02/02(火) 16:14:13 ID:???
行ってみたいが、そういうとこって
何着ていけばいいの?

204 :右や左の名無し様:2010/02/03(水) 20:48:50 ID:???
産廃の仕事休んで行きたい。

205 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/02/03(水) 23:16:24 ID:???
無職が見栄張るな^^

206 :右や左の名無し様:2010/02/04(木) 21:00:08 ID:???
三島の話は?

207 :右や左の名無し様:2010/02/08(月) 12:04:32 ID:5sehlnxj
Q――現代のビジネスマンに要望することは?
三島:私はね、商人といふのはきらひなんですよ。ですからね、万国博にも行つてゐないですよ。あれは商人の
お祭だから、武士は行かないんだといつてぐわんばつてゐるんです。
とはいひながらね、デパートだつて商人だしね、武士といへども、商人とつきあはざるを得ない、つらいところ
ですよね(笑)。武士だけやつてゐると、お米も食へなくなつちやふ。
かういふ世の中だから商人様全盛の世の中でしよ。ですけど、ぼく本人の中にはやつぱり武士の魂はあると思つてね。
商人の中にも銭屋五兵衛みたいな男もゐますしね。明治の政商でも、政治とかんでゐて、そこでやつぱり自分の
意気地を投げ打つといふ気持があつたと思ふんですよ。商人がきらひといふ意味は、商人を尊敬しないわけぢやない。
ただ一般に、商人には自己犠牲の精神がないからきらひなんです。
日本人といふのは、自己犠牲の精神がなくなつたら日本人ぢやないですよ。今の商人といふのはさういふ気持が
ないから本当のユダヤ人になつちやふだらうと思ふんです。

三島由紀夫
「武士道に欠ける現代のビジネス」より

208 :右や左の名無し様:2010/02/08(月) 12:09:32 ID:5sehlnxj
資本といふのは、本質的にインターナショナルなものですよ。どんな国の、いかにも民族資本でもね、
インターナショナルな性質をもつてゐるのが資本だと思ふんですよ。ところがそつちの面ばかりが出てくるとね、
日本人の魂が商人道によつてをかされてきてゐると思ふ。そのお金本位、金権主義にをかされてゐるのがこはい。
私は、青年が金権主義といふものに反抗する気持がいちばんよくわかる。自分らが企業体の中で活躍するとき、
いかに武士の魂をもつてても、結局、金権主義、ご都合主義、さういふものによつてをかされていくといふのは、
青年として耐へがたいだらうと思ふ。それでボクは武士は武士として一人でぐわんばつてゐる。ところがボクもね、
扶持をくれないから浪人なんですよ。

三島由紀夫
「武士道に欠ける現代のビジネス」より

209 :右や左の名無し様:2010/02/08(月) 12:10:40 ID:5sehlnxj
やつぱり日本人は身を殺して仁をなすといふ気持がなければだめなんだけど、これがね元禄時代と同じでね、
今、税法がモラルを崩壊させてゐるでしよ。
あのころの侍がみんな藩のお金を平気で使つて飲み食ひする、何をする、さういふことをしない人もゐますがね、
当時から日本人はさういふ悪いところがあるんですよね、公私混同みたいなところが。
とくにね戦後は税法のおかげで会社の交際費が自由に使へるとね、社長にいたるまで家族つれてすし屋に行くとか。
戦前は少なくともポケットマネーがありましたからね、重役クラスになりますと、金の使ひ方が公私混同して
ゐなかつたですよね。これは自分のこづかひといふけぢめがあつたでしよ。今何でも会社の伝票を切る、
かういふことがいちばん日本人全体のモラルを崩壊させてゐると思ふんです。

三島由紀夫
「武士道に欠ける現代のビジネス」より

210 :右や左の名無し様:2010/02/08(月) 12:11:35 ID:5sehlnxj
…外人記者なんかに会ひますとね、日本に軍国主義が復活してゐることを懸念してゐる。
これは実はまちがひだつていふんです。
…といふのは武士道といふのを、日本人がわからなくなつてゐるからだ。武士道といふのは何かといふことを
外人に説明するとき、三つあるといふんです。
それはSelf-respect 自尊心ですね。次はSelf-responsibility 自己責任ですね。自己において責任が終了するといふ。
第三がSelf-sacrifice 自己犠牲ですね。この三つのうちどれをとつても武士ぢやないといふんですよ。
そしてね、軍国主義といふのは外国からきたものでね、このSelf-respect と、Self-responsibility は
あるかもしれない。Self-sacrifice は欠けてゐると。かうなつたらアウシュビッツの収容所長だつてさうなんで、
自尊心はもつてゐた、責任観念はもつてゐた、ただねSelf-sacrifice といふものは外国にはないから、
だからさういふことになるといふふうに説明するんですよ。

三島由紀夫
「武士道に欠ける現代のビジネス」より

211 :右や左の名無し様:2010/02/08(月) 12:12:40 ID:5sehlnxj
ですから本当に日本人が武士道にめざめれば、あなたがたが心配することは何もない。身を殺して仁をなすことが
武士道の極意だと説明するんです。その場合、欠けてゐるものは武士道のみならず、ことに商人に欠けてゐる。
そして、とにかく口では国家の再建をとなへ、日本精神をとなへ、自分の金は一文も出すのはいやだ。十円の金も
惜しい、全部会社の伝票、そんな精神ぢやだめなんだといふことですね。

三島由紀夫
「武士道に欠ける現代のビジネス」より

212 :右や左の名無し様:2010/02/12(金) 12:40:37 ID:BKM056jj
私はまづ氏が何に対してあんなに怒つてゐたかがわかつてきた。あれは日本の知識人に対する怒りだつた。
最大の「内部の敵」に対する怒りだつた。

戦時中も現在も日本近代知識人の性格がほとんど不変なのは愕くべきことであり、その怯懦、その冷笑、その客観主義、
その根なし草的な共通心情、その不誠実、その事大主義、その抵抗の身ぶり、その独善、その非行動性、その多弁、
その食言、……それらが戦時における偽善に修飾されたとき、どのような腐敗を放ち、どのように文化の本質を毒したか、
蓮田氏はつぶさに見て、自分の少年のやうな非妥協のやさしさがとらへた文化のために、憤りにかられてゐたのである。

三島由紀夫
「『蓮田善明とその死』序文」より

213 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/12(金) 15:58:57 ID:9nuRB2Cp
>武士道といふのは何かといふことを外人に説明するとき

非人ならではっつかBや在日並みに黄金の国ジパングに住む日本人に勝手に期待した酷い勘違い。

武士道=個の独立 日本史で言われる所の律令制=貴族制度のからの解放以外の何物でもなかった。

214 :右や左の名無し様:2010/02/12(金) 16:35:54 ID:???
>>213
そんな規定ありません。

215 :右や左の名無し様:2010/02/12(金) 17:02:28 ID:???
>>213
自己犠牲と、個の独立は何ら相反する概念ではない。

216 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/12(金) 23:23:43 ID:9nuRB2Cp
>>214 「規定」て何が?土人は日本人に何でもして貰えるとか思ってるんぢゃね?

>>215 自ら(日本人)の為の剣が何故自己(日本人)の犠牲に変換されちゃうの?

土人的思考とでもしか評価し様が・・・

217 :右や左の名無し様:2010/02/12(金) 23:48:37 ID:???
>>216
日本語通じないなら無理すんな。外人

218 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/13(土) 01:13:40 ID:zx7Z+UB1
>>217 おめえよお、日本語で言おうが英語で言おうが自己犠牲を求めたら物乞いだろが、
自己犠牲だったって評価する物だよ、土人語だとヤクソクみたいに外来語で、自己犠牲も
ジコギセイて言うんぢゃねえかあ?(笑

219 :右や左の名無し様:2010/02/13(土) 01:25:10 ID:???
>>218
なんだ、ただのキチガイ外人か。おめえ

220 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/13(土) 01:38:29 ID:zx7Z+UB1
>>219 俺がキムチ臭いソウルへ行っても外人が沢山て言うだろうけどなあ。

まあお前らは人て言うか糞嘗めの乞食だがwww

221 :右や左の名無し様:2010/02/13(土) 12:31:09 ID:gZJkeqIs
いかなる盲信にもせよ、原始的信仰にもせよ、戦艦大和は、拠つて以て人が死に得るところの一個の古い徳目、
一個の偉大な道徳的規範の象徴である。
その滅亡は、一つの信仰の死である。
この死を前に、戦死者たちは生の平等な条件と完全な規範の秩序の中に置かれ、かれらの青春ははからずも
「絶対」に直面する。この美しさは否定しえない。
ある世代は別なものの中にこれを求めた。作者の世代は戦争の中にそれを求めただけの相違である。

三島由紀夫
「一読者として(吉田満著 戦艦大和ノ最期)」より

222 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/13(土) 14:22:05 ID:YaCuyXkw
日本人が三千人死んだので嬉しかったですって事だろ?阪神淡路の時喜んでた連中居たぢゃん。

まあ、あれだな。

223 :右や左の名無し様:2010/02/13(土) 18:43:59 ID:???
三島って身長160センチしかなかったんだよね(それもなかったかも)
運動神経が極度に鈍くて
剣道の黒帯とかぜんぶ名誉としてもらったもの
石原慎太郎がバカにして書いてたわ

224 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/13(土) 18:55:42 ID:YaCuyXkw
黒帯が名誉・・・何となく判る、刀持ってる時のオーラが無い、俺でも勝てそて感じ。(笑

225 :右や左の名無し様:2010/02/13(土) 19:22:18 ID:???
>>223
正確には163センチだよ。
段も名誉段を差し引いても三段です。
ちなみに三島の、教練の成績は上だよ。
石原本は誇張し小馬鹿にして書いたデタラメ本。あきらかな嘘もあるし。

226 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/13(土) 22:29:38 ID:zx7Z+UB1
簡単に纏めんと、川原芸人のへっぴり剣道はお情け四段が自己犠牲の武士道でミシマは通名だけど日本人は纏めて死ねみたいな?

227 :右や左の名無し様:2010/02/18(木) 12:19:12 ID:U1aX8+2A
私の貧しい感想が、この本に何一つ加へるものがないことを知りながら、次の三点について読者の注意を
促しておくことは無駄ではあるまいと思ふ。
第一は、もつとも苛烈な状況に置かれたときの人間精神の、高さと美しさの、この本が最上の証言をなしてゐることである。
玉砕寸前の戦場において、自分の腕を切つてその血を戦友の渇を医やさうとし、自分の死肉を以て戦友の飢を
救はうとする心、その戦友愛以上の崇高な心情が、この世にあらうとは思はれない。日本は戦争に敗れたけれども、
人間精神の極限的な志向に、一つの高い階梯を加へることができたのである。
第二は、著者自身についてのことであるが、人間の生命力といふもののふしぎである。
舩坂氏の生命力は、もちろん強靭な精神力に支へられてのことであるが、すべての科学的常識を超越してゐる。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

228 :右や左の名無し様:2010/02/18(木) 12:19:39 ID:U1aX8+2A
あらゆる条件が氏に死を課してゐると同時に、あらゆる条件が氏に生を課してゐた。まるで氏は、神によつて
このふしぎな実験の材料に選ばれたかのやうだ。(中略)
体力、精神力、知力に恵まれてゐたことが、氏を生命の岸へ呼び戻した何十パーセントの要素であつたことは
疑ひがないが、のこりの何十パーセントは、氏が持つてゐたあらゆる有利な属性とも何ら関はりがないのである。
それでは、ひたすら生きようといふ意志が氏を生かしてゐたか、といふと、それも当らない。氏は一旦、はつきりと
自決の決意を固めてゐたからである。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

229 :右や左の名無し様:2010/02/18(木) 12:20:07 ID:U1aX8+2A
氏が拾つた命は、神の戯れとしか云ひやうがないものであつた。その神秘に目ざめ、且つ戦後の二十年間に、
その神秘に徐々に飽きてきたときに、氏の中には、自分の行為と、行為を推進した情熱とが、単なる僥倖としての
生以上の何かを意味してゐたにちがひない、といふ痛切な喚起が生じた。その意味を信じなければ、現在の生命の
意味も失はれるといふぎりぎりの心境にあつて、この本が書き出されたとき、「本を書く」といふことも亦、一つの
行為であり、生命力の一つのあらはれであるといふことに気づくとは、何といふ逆説だらう。氏はかう書いてゐる。
「彼ら(英霊)はその報告書として私を生かしてくれたのだと感じた」
(中略)そして氏の見たものは、他に一人も証人のゐない地獄であると同時に、絶巓における人間の美であつた。

三島由紀夫
「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より

230 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/18(木) 13:15:15 ID:Co4dO8+V
>玉砕寸前の戦場において、自分の腕を切つてその血を戦友の渇を医やさうとし、自分の死肉を以て戦友の飢を
>救はうとする心、

何是?土人が死に際の親に小指の先をみみっちく切って親に血飲ませてどんだけ孝行か競い遺産を取り合うかの新バージョン?
日本では血は穢いって感覚が強いみたいらしく畏怖の対象とか神聖な物って感覚で余り捉えられて居ないみたい、んまあ俺が血
嫌いなんだが、殴っといて鼻血見てこっちが貧血起こしてボコにされるみたいな?

血ノムと喉の渇きが癒される?其れあ通名がミシマ君の感覚で俺は喉の渇きに血を与えないだろう、だって自分が喉渇いたからって
血なんか飲みたくねえし、味覚とかも民族性ぢゃね?ぎゃははははははははははははははははははははは

231 :右や左の名無し様:2010/02/21(日) 23:25:52 ID:PlR3UjiV
私は経験上、少年期といふものがどんなものであるかを多少知つてゐる。
少年といふものは独楽なのだ。廻りだしてもなかなか重心が定まらない。傾いたままどこへころがつてゆくか
わからない。何しろ一本足で立つてゐるのだから、不安定は自分でもよく知つてゐる。
大人たちとちがふところは、とにかく廻つてゐるといふことである。廻ることによつて漸く立上れるといふことである。
廻らない独楽は死んだ独楽だ。ぶざまに寝てゐるのがいやなら、どうしても廻らなければならない。

三島由紀夫
「独楽」より

232 :右や左の名無し様:2010/02/21(日) 23:27:22 ID:PlR3UjiV
しかし独楽は、巧く行けば、澄む。独楽が澄んだときほど、物事が怖ろしい正確さに達するときはない。
いづれ又惰力を失つて傾いて転んで、廻転をやめることはわかつてゐるが、澄んでゐるあひだの独楽には、
何か不気味な能力が具はつてゐる。
それはほとんど全能でありながら、自分の姿を完全に隠してしまつて見せないのである。それはもはや独楽ではなくて、
何か透明な兇器に似たものになつてゐる。しかも独楽自身はそれに気づかずに、軽やかに歌つてゐるのである。
私の少年期にも、さういふ瞬間があつたかもしれない。しかし記憶にはとどまらない。記憶にとどめてゐるのは、
それを見てしまつた大人のはうである。
自分の姿が澄んで消えてしまつたことに、そのとき独楽が気づいてゐないことも確実なら、その瞬間、何かが
自分と入れかはつたことに気がつかないのも確実である。

三島由紀夫
「独楽」より

233 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/21(日) 23:36:16 ID:Imq8KNEu
朝鮮系は総じて心が歪んでるし折れてる、生まれ付き歪んだ思考回路が途中で破綻を来してしまう。

必然。

234 :大日本報靖會:2010/02/21(日) 23:41:53 ID:???
>>233
>総じて心が歪んでるし折れてる、生まれ付き歪んだ思考回路が途中で破綻を来してしまう。


↑これはアメ公と日本人の事であり中国人さんや朝鮮人さんの事ではない。
訂正しろ!!


大日本報靖會を名乗る者の条件とは?

◎強固な反米思想である事
◎アメポチ壊滅に全身全霊を傾ける武士である事
◎薩長のポチ、マッカーサーのポチであった天皇家には敬意を払わない事
◎反米思想を有する者ならいわゆる左翼でも同志と認める事
◎日米安保破棄など反米思想のイロハのイであるから容認論者は敵と見なす事
◎一水会の理念を信奉する事(ポチや珍風を撹乱するためにたまに一水会の悪口を言うことは可)
◎アジア諸国の反日行為には決して怒らない事
我々はネオナチではないのだから
◎アジア諸国には常に大いなる愛情を持つこと
◎アジア諸国に良い国悪い国の差は無いことを肝に銘ぜよ
◎「西洋に良い点などないんだぜ」を知ってる武士たる事


↑新右翼の理念でもあります。

235 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/21(日) 23:59:57 ID:Imq8KNEu
本人が何かが消えてまった、失ってしまった、て書いてるんぢゃねえのお?

日本では三つ子の魂百迄だよ。

236 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 12:12:50 ID:VFELhQCB
……今、四海必ずしも波穏やかならねど、
日の本のやまとの国は
鼓腹撃壌(こふくげきじやう)の世をば現じ
御仁徳の下(もと)、平和は世にみちみち
人ら泰平のゆるき微笑みに顔見交はし
利害は錯綜し、敵味方も相結び、
外国(とつくに)の金銭は人らを走らせ
もはや戦ひを欲せざる者は卑劣をも愛し、
邪まなる戦(いくさ)のみ陰にはびこり
夫婦朋友も信ずる能(あた)はず
いつはりの人間主義をたつきの糧となし
偽善の団欒は世をおほひ
力は貶(へん)せられ、肉は蔑(なみ)され、
若人らは咽喉元をしめつけられつつ
怠惰と麻薬と闘争に
かつまた望みなき小志の道へ
羊のごとく歩みを揃へ、
快楽もその実を失ひ、信義もその力を喪ひ、
魂は悉(ことごと)く腐蝕せられ
年老いたる者は卑しき自己肯定と保全をば、
道徳の名の下に天下にひろげ
真実はおほひかくされ、真情は病み、
道ゆく人の足は希望に躍ることかつてなく
なべてに痴呆の笑ひは浸潤し

三島由紀夫
「英霊の声」より

237 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 12:18:00 ID:VFELhQCB
魂の死は行人の顔に透かし見られ、
よろこびも悲しみも須臾(しゆゆ)にして去り
清純は商(あきな)はれ、淫蕩は衰へ、
ただ金(かね)よ金よと思ひめぐらせば
人の値打は金よりも卑しくなりゆき、
世に背く者は背く者の流派に、
生(なま)かしこげの安住の宿りを営み、
世に時めく者は自己満足の
いぎたなき鼻孔をふくらませ、
ふたたび衰へたる美は天下を風靡し
陋劣(ろうれつ)なる真実のみ真実と呼ばれ、
車は繁殖し、愚かしき速度は魂を寸断し、
大ビルは建てども大義は崩壊し
その窓々は欲球不満の蛍光灯に輝き渡り、
朝な朝な昇る日はスモッグに曇り
感情は鈍磨し、鋭角は磨滅し、
烈しきもの、雄々しき魂は地を払ふ。
血潮はことごとく汚れて平和に澱み
ほとばしる清き血潮は涸れ果てぬ。
天翔(あまが)けるものは翼を折られ
不朽の栄光をば白蟻どもは嘲笑(あざわら)ふ。
かかる日に、
などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし

三島由紀夫
「英霊の声」より

238 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 12:24:35 ID:x8Y74q/f
天ちゃんの言葉を勝手に使うなんて身の程知らずと言うか、代弁してる気ならば赦される事ぢゃない。

チョン面街宣の菊花十六紋章と同じで使って良い物を直感的に理解出来ないとしたら民族性とでも理解するしか無いだろう。

239 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 12:36:09 ID:x8Y74q/f
だいたい何が英霊の声だ?恐山のいたこさんかこいつは?

豚麻原と何が違うっつんだよw

240 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/02/22(月) 12:41:30 ID:???
236 英霊の声ですね。
これが当時は問題とされたのですよ。困ったものです。「かかる日になどて......
238 背伸びしなくていいから、わからない次元にまで口を出さないやうに^^

241 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 12:49:36 ID:VFELhQCB
かけまくもあやにかしこき
すめらみことに伏して奏(まを)さく
今、四海必ずしも波穏やかならねど
日の本のやまとの国は
鼓腹撃壌(こふくげきじよう)の世をば現じ
御仁徳の下(もと)、平和は世にみちみち
人ら泰平のゆるき微笑みに顔見交はし
利害は錯綜し、敵味方も相結び、
外国(とつくに)の金銭は人らを走らせ
もはや戦ひを欲せざる者は卑劣をも愛し、
邪まなる戦ひのみ陰にはびこり
夫婦朋友も信ずる能(あた)はず
いつはりの人間主義をなりはひの糧となし
偽善の茶の間の団欒は世をおほひ
力は貶(へん)せられ、肉は蔑(なみ)され
若人らは咽喉元をしめつけられつつ
怠惰と麻薬と闘争に、
かつまた望みなき小志の道へ
羊のごとく歩みを揃へ
快楽もその実を失ひ
信義もその力を喪ひ、魂は悉く腐蝕せられ、

三島由紀夫
「悪臣の歌」より

242 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 12:50:59 ID:VFELhQCB
年老いたる者は卑しき自己肯定と保全をば、
道徳の名の下に天下にひろげ
真実はおほひかくされ
道ゆく人の足は希望に躍ることかつてなく
なべてに痴呆の笑ひは浸潤し、
魂の死は行人の顔に透かし見られ、
よろこびも悲しみも須臾(しゆゆ)にして去り
清純は商(あきな)はれ、淫蕩は衰へ、
ただ金(かね)よ金よと思ひめぐらせば
金を以てはからるる人の値打も、
金よりもはるかに卑しきものとなりゆき、
世に背く者は背く者の流派に、
生(なま)かしこげの安住の宿りを営み、
世に時めく者は自己満足の
いぎたなき鼻孔をふくらませ、
ふたたび衰弱せる美学は天下を風靡し、
陋劣(ろうれつ)なる真実のみがもてはやされ、

三島由紀夫
「悪臣の歌」より

243 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 12:51:24 ID:x8Y74q/f
>>240 本人に言われた文句を能書きとか言いだす日本語知らない馬鹿次元を理解しろニダとか言われても無理w

244 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 12:55:52 ID:VFELhQCB
人ら四畳半を改造して
そのせまき心情をキッチンに磨き込み
車は繁殖し、無意味なる速力は魂を寸断し、
大ビルは建てども大義は崩壊し
窓々は欲球不満の蛍光灯にかがやき渡り、
人々レジャーへといそぎのがるれど
その生活の快楽には病菌つのり
朝な朝な昇る日はスモッグに曇り、
感情は鈍磨し、鋭角は磨滅し、
烈しきもの、雄々しき魂は地を払ふ。
血潮はことごとく汚れて平和に温存せられ
ほとばしる清き血潮はすでになし。
天翔(あまが)けるもの、不滅の大義はいづくにもなし。
不朽への日常の日々の
たえざる研磨も忘れられ、
人みな不朽を信ぜざることもぐらの如し。かかる日に、
――などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。

三島由紀夫
「悪臣の歌」より
(「悪臣の歌」は「英霊の声」の挿入歌の前身と思われるものです)

245 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 13:30:05 ID:VFELhQCB
かけまくもあやにかしこき
すめらみことに伏して奏(まを)さく。
かかる世に大君こそは唯御一人
人のつかさ、人の鑑(かがみ)にてましませり。
すでに敗戦の折軍将マッカーサーを、
その威丈高なる通常軍装の非礼をものともせず
訪れたまひしわが大君は、
よろづの責われにあり、われを罰せと
のたまひしなり。
この大御心(おほみこころ)、敵将を搏(う)ちその卑賤なる尊大を搏ち
洵(まこと)の高貴に触れし思ひは
さすがの傲岸をもまつろはせたり。
げに無力のきはみに於て人を高貴にて搏つ
その御けだかさはほめたたふべく、
わが大君は終始一貫、
暴力と威武とに屈したまはざりき。
和魂(にぎみたま)のきはみをおん身にそなへ
生物学の御研究にいそしまれ、
その御心は寛厚仁慈、
なべてを光被したまひしなり。

三島由紀夫
「悪臣の歌」より

246 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 13:31:07 ID:VFELhQCB
民の前にお姿をあらはしたまふときも
いささかのつくろひなく、
いささかの覇者のいやしき装飾もなく
すべて無私淡々の御心にて
あまねく人の心に触れ、
戦ひのをはりしのちに、
にせものの平和主義者ばつこせる折も
陛下は真の人の亀鑑、
静かなる御生活を愛され、
怒りも激情にもおん身を委(ゆだ)ねず、
静穏のうちに威大にましまし
御不自由のうちに自由にましまし
世の範となりぬべき真の美しき人間を、
世の小さき凹凸に拘泥なく
終始一貫示したまひき。

三島由紀夫
「悪臣の歌」より

247 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 13:32:16 ID:VFELhQCB
つねに陛下は自由と平和の友にましまし、
仁慈を垂れたまひ、諸人の愛敬を受けられ
もつとも下劣なる批判をも
春の雪の如くあはあはと融かしたまへり。
政治の中心ならず、経済の中心ならず、
文化の中心ならず、ただ人ごころの、
静止せる重心の如くおはし給へり。
かかる乱れし濁世(ぢよくせ)に陛下の
白菊の如き御人柄は、
まことに人間の鑑にして人間天皇の御名にそむきたまはず、
そこに真のうるはしき人間ありと感ぜらる。
されどこはすべて人の性(さが)の美なるもの、
人のきはみ、人の中の人、人の絶巓(ぜつてん)、
清き雪に包まれたる山頂なれど
なほ天には属したまはず。すべてこれ、
人の徳の最上なるものを身に具(そな)はせたまふ。
――などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。

三島由紀夫
「悪臣の歌」より

248 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 13:40:08 ID:0XmG1yVB
悪臣の歌とかって自分が臣下だとか言ってる訳ぢゃん、もうねえストーカーとかの領域、
勝手に菊花十六紋章使ってる土人と何も変わらないてか一緒だし、臣下を騙った挙句悪だとか
名乗ってるんだから面汚し以外の何物でもない、晒し首がお似合い。

249 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 14:11:21 ID:0XmG1yVB
>>243 能書きの意味判った?「能書き」正しくは薬とかに付いてる効能書き、大人は一回二錠で一日3回とかって
書いて有るだろ?其れが効能書き、他人からの文句に「能書きは結構」と言えば「間違ってて結構」と開き直る事を指す。

お前等DQNなキムチ同士の争いならば「能書き垂れてんぢゃねえゴラ」とかで済むだろうが、政治思想板で「能書きは結構」
は如何な物でしょうね?思想板其の物の存在の否定?所詮君の持つ思想なんて其の程度の物って事w

「能書き」ってなあ正に正論こ言う物、ほいでね、此処迄言われて初めて「能書きは沢山ニダ!」ってふぁびょって良いんだよwww

250 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 18:23:29 ID:x8Y74q/f
>>249>>240 ニダw

251 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/02/22(月) 20:25:49 ID:???
[英霊の声」だが、それさえも知らない無知を晒すな。おまえほんとにバカだな、虚勢をはるな。
 「などで.....なりたまひし」で終わるのだが、知るわけないわな。

252 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 22:51:44 ID:kFig7FqC
>>251 河原乞食の反日ポエム等知るかw其の前に能書きの意味位覚えてから使えDQN民族がw

253 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 23:06:06 ID:???
>>252
>>240のどこにも、能書き、なんて言葉ないけどね。何を一人で踊ってんだか。あんたバカじゃないの?
ああ、バカじゃなくてキチガイサヨクか(笑)
ちなみに、能書きの意味には、自己宣伝や、うるさい講釈という意味があるよ。

254 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 23:21:37 ID:kFig7FqC
>>253 んとお、下記で言う所の自己宣伝「効能書き」を探すとすんと「根性ねえなあ漢字右翼はよお?」か「デリケートな所踏んだけっかあ?」か
「事大主義で逃げ出す自称愛国者も居る」の三択って事に成んのかあ?まあ、どれを選んで呉れても構わないぜ俺様あwww

http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1227868151/501-502

501 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/17(水) 21:28:00 ID:rMOfCmef
根性ねえなあ漢字右翼はよお?こんだけ書かれてだんまりかよお?デリケートな所踏んだけっかあ?

まあ愛国ぢゃなくて愛郷ニダとか事大主義で逃げ出す自称愛国者も居る位だからなあwww


502 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/02/18(木) 00:59:53 ID:???
 能書き垂れていないで仕事しろ。高卒でネットに溺れていたんじゃ決して生活も楽じゃないだろう^^;
早く仕事みつけろ。まあ採用は難しいだらうが、てうせんだし...





んでよお?誰が馬鹿なんだっけ?ぽとたんでもお前でも構わないぜ俺様あwww

255 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/22(月) 23:33:41 ID:kFig7FqC
>>253 因みにで言うと相手に対し「能書きを垂れて」と言ってしまえば「貴方には理屈では敵わない馬鹿です」と
認める事と同義、此処は其々の能書きを垂れる板、他の板ならいざ知らず政治思想板でこんなん書いた馬鹿は
六年やって来て初めて見た。

256 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/02/22(月) 23:37:32 ID:???
高卒で無職の我が身を振り返れ^^

257 :右や左の名無し様:2010/02/22(月) 23:53:59 ID:onV89L/U
戦後個人主義の自衛隊に
裏切られた人か

258 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/02/23(火) 00:16:24 ID:WolIIIyG
>>256 能書きの使い方とか高校とかで特に教えてたて訳ぢゃないと思うな、一般教養だよ。

別に学歴が何だとか思って無いが中卒なら中卒って言えよ、手加減してやんからよw

>>257 あんな男塾みたいの来て誰が話聴くんだよ?

259 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:36:11 ID:kFElh+tl
二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。
生き永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義と
そこから生ずる偽善といふおそるべきバチルスである。
こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。
おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。
政治も、経済も、社会も、文化ですら。
私は昭和二十年から三十二年ごろまで、大人しい芸術至上主義者だと思はれてゐた。私はただ冷笑してゐたのだ。
或る種のひよわな青年は、抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。そのうちに私は、自分の冷笑・自分の
シニシズムに対してこそ戦はなければならない、と感じるやうになつた。

三島由紀夫
「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

260 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:37:28 ID:kFElh+tl
(中略)
この二十五年間、思想的節操を保つたといふ自負は多少あるけれども、そのこと自体は大して自慢にならない。(中略)
それよりも気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、といふことである。否定により、批判により、
私は何事かを約束して来た筈だ。政治家ではないから実際的利益を与へて約束を果たすわけではないが、政治家の
与へうるよりも、もつともつと大きな、もつともつと重要な約束を、私はまだ果たしてゐないといふ思ひに日夜
責められるのである。その約束を果たすためなら文学なんかどうでもいい、といふ考へが時折頭をかすめる。
これも「男の意地」であらうが、それほど否定してきた戦後民主主義の時代二十五年間を、否定しながら
そこから利得を得、のうのうと暮らして来たといふことは、私の久しい心の傷になつてゐる。

三島由紀夫
「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

261 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:37:55 ID:kFElh+tl
個人的な問題に戻ると、この二十五年間、私のやつてきたことは、ずいぶん奇矯な企てであつた。まだそれは
ほとんど十分に理解されてゐない。もともと理解を求めてはじめたことではないから、それはそれでいいが、
私は何とか、私の肉体と精神を等価のものとすることによつて、その実践によつて、文学に対する近代主義的
盲信を根底から破壊してやらうと思つて来たのである。(中略)
二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしまつたやうな今日では、その幾多の希望が
いかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であつたかに唖然とする。
これだけのエネルギーを絶望に使つてゐたら、もう少しどうにかなつてゐたのではないか。

三島由紀夫
「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

262 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:38:36 ID:kFElh+tl
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。
日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、
或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。
それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。

三島由紀夫
「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

263 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:42:47 ID:kFElh+tl
私は別にかつての軍隊の讚美者でもなく、軍隊生活の経験も持たない身は、それについて論じる資格もないが、
大分前に、「きけ、わだつみの声」であつたか、その種の反戦映画を見て、いはん方ない反感を感じたおぼえがある。
たしかその映画では、フランス文学研究をたよりに、反戦傾向を示す学生や教師が、戦場へ狩り出され、戦死した
彼らのかたはらには、ボオドレエルだかヴェルレエヌだかの詩集の頁が、風にちぎれてゐるといふシーンがあつた。
甚だしくバカバカしい印象が私に残つてゐる。ボオドレエルが墓の下で泣くであらう。
日本人がボオドレエルのために死ぬことはないので、どうせ兵隊が戦死するなら、祖国のために死んだはうが
論理的であり、人間は結局個人として死ぬ以上、おのれの死をジャスティファイする権利をもつてゐる。

三島由紀夫
「『青春監獄』の序」より

264 :右や左の名無し様:2010/03/04(木) 14:43:13 ID:kFElh+tl
絶対的に受身の抵抗のうちに、戦死しても犬のやうに殺されたといふ実感を自ら抱いて、死んでゆける人間は、
稀に見る聖人にちがひない。
私はすべてこの種の特殊すぎる物語に疑ひの目を向ける。兵隊であつて文学者あつた人の書くものも、一般人を
納得させるかもしれないが、私のやうな疑ぐり深い文士を納得させない。私の読みたいのは、動物学者の書いた
狼の物語ではなく、狼自身の書いた狼の物語なのである。
狼がどんなに嘘を並べても、狼の目に映つた事実であり嘘であれば、私は信じる。私は何も礼を失して、
宮崎氏を狼呼ばはりするのではない。しかし氏の著書は、或る見地から見て、実に貴重なのである。

三島由紀夫
「『青春監獄』の序」より

265 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/04(木) 20:08:18 ID:F8tHpSwn
二十五年前に私が憎んだものは迄読んだ、打ち首、打ち首。

266 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:42:04 ID:ZFBawXkK
左翼はいつも、より良き未来世界といふものを模索してゐる。いつもより良き未来社会へ向かつて我々は
進歩してゆくと考へてゐるのです。(中略)
ところがソビエトはご承知のやうな状態になつた。これは完全な官僚社会のみならず、その常套語を使へば、
帝国主義なのです。そして、かつて日本人が未来社会と思つたのが帝国主義になつてしまつた。もう
スターリン批判以来、日本人のソビエトに対する夢も崩れた。では、中共はどうか。中共はどうも日本人の
西洋崇拝から言ふと少し外れる処があつたんだけど、文化大革命といふことがあつたので、ますます日本人の
理想から遠くなつてしまつた。近頃は経済的には先進国になつてゐますので、その点でも、あらゆる後進国的な
ラディカルな革命のやり方でやれるものかどうかといふ疑問は幼稚園ぐらゐ出てゐれば大体分るわけです。
そこで未来社会の展望を失つたところに彼らの焦燥と彼らの一種の絶望感があることは確かなのです。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

267 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:42:25 ID:ZFBawXkK
それで、より良き彼らの本当の未来社会とは何であるか。皆さんは、「自由からの逃走」といふエーリッヒ・フロムの
本などをお読みになつたことがあるだらうと思ひますが、“われわれの窮屈に閉込められたこの自由といふ名の
下に於いて、人間が一種のフィクションに堕してしまつた社会”から何とか抜け出して、“自由な人間主義の
本当に実現される世界、しかもそこでは社会主義がその最も良いところを実現してゐるやうな社会”であります。
いはゆる、ヒューマニテリアン・ソシャリズムですが、完全な言論自由化の社会主義といふやうな、誰が考へても
実現不可能のやうな、より良き未来に向かつて進んで行かうと、それがまあ大体の左翼型のラディカルな革命の
行動の先にある未来国であると考へて良いと思ひます。(中略)
何も私は共産主義に対抗して生きてゐるわけではありません。別にそれを職業にしてゐる人間でもありません。
ですけれども彼らの考へにうつかり動かされ、蝕まれていつたならば、どういふ結果になるか目に見えてゐる。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

268 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:42:46 ID:ZFBawXkK
(中略)
私は未来といふものはないといふ考へなのです。未来などといふことを考へるからいけない。
(中略)我々はアメーバが触手を伸ばすやうに、闇の中を手探りで少し先の未来までは予測ができる。或ひは
来年くらゐまでは予測できるかもしれない。しかし、人間が予測されない闇の中を進んでゆくためには、
その闇の彼方にあるものを信ずるか、或ひはその闇といふものに対決して本当に自分の現在に生きるか
といふことの二つの選択を迫られてゐるといふのが私の考へ方の基本であります。
“未来に夢を賭ける”といふことは弱者のすることである。そして、自分をプロセスとしか感じられない人間の
することであります。(中略)
このやうな思考の中からは人間の円熟といふことも出て来なければ、人間の成熟といふ思考も絶対に出て来ない。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

269 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:43:06 ID:ZFBawXkK
実は、人間は未来に向かつて成熟してゆくものではないんです。それが人間といふ生き物の矛盾に充ちた
不思議なところです。人間といふものは“日々に生き、日々に死ぬ”以外に成熟の方法を知らないんです。
「葉隠」といふ本を御覧になつた方があるとみえて、笑つてゐる方がそこに居りますが、やはり死といふ事を
毎日毎日起り得る状況として捉へるところから人間の行動の根拠を発見して、そこにモラルを提示してゆく。
非常に極端な考へ方なのですが、あれ程生きる力を与へられた本を私は知りません。
あの思考には、未来が無いのです。我々は常識で考へて「未来がない」と言ふと、まるで破産宣告を受けた人間とか、
ガンの宣告を受けた人間のやうに考へますが、さうではなくて、私は、「青年にこそ未来がない」と、
私自身の考へから、経験から言へるのです。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

270 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:43:23 ID:ZFBawXkK
(中略)
そこで、何も未来を信じない時、人間の根拠は何かといふことを考へますと、次のやうになります。
未来を信じないといふことは今日に生きることですが、刹那主義の今日に生きるのではないのであつて、
今日の私、現在の私、今日の貴方、現在の貴方といふものには、背後に過去の無限の蓄積がある。
そして、長い文化と歴史と伝統が自分のところで止まつてゐるのであるから、自分が滅びる時は全て滅びる。
つまり、自分が支へてきた文化も伝統も歴史もみんな滅びるけれども、しかし老いてゆくのではないのです。
今、私が四十歳であつても、二十歳の人間も同じ様に考へてくれば、その人間が生きてゐる限り、その人間の
ところで文化は完結してゐる。その様にして終りと終りを繋げれば、そこに初めて未来が始まるのであります。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

271 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:46:30 ID:ZFBawXkK
われわれは自分が遠い遠い祖先から受け継いできた文化の集積の最後の成果であり、これこそ自分であるといふ
気持で以つて、全身に自分の歴史と伝統が籠つてゐるといふ気持を持たなければ、今日の仕事に完全な
成熟といふものを信じられないのではなからうか。或ひは、自分一個の現実性も信じられないのではなからうか。
自分は過程ではないのだ。道具ではないのだ。自分の背中に日本を背負ひ、日本の歴史と伝統と文化の全てを
背負つてゐるのだといふ気持に一人一人がなることが、それが即ち今日の行動の本になる。
(中略)「俺一人を見ろ!」とこれがニーチェの「この人を見よ」といふ思想の一つの核心でもありませう。
けれども、私は中学時代に「この人を見よ」といふのは「誰を見よ」といふのかと思つて先輩に聞きましたところ、
「ニーチェを見よ」といふことだと教へて貰ひ、私は世の中にこんなに自惚れの強い人間がゐるのかと
驚いたことがあるのです。しかし、今になつて考へてみると、それは自惚れではないのであります。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

272 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:46:52 ID:ZFBawXkK
自分の中にすべての集積があり、それを大切にし、その魂の成熟を自分の大事な仕事にしてゆく。
しかし、そのかはり何時でも身を投げ出す覚悟で、それを毀さうとするものに対して戦ふ。(中略)
ここにこそ現在があり、歴史があり、伝統がある。彼らの貧相な、観念的な、非現実的な未来ではないものがある。
そこに自分の行動と日々のクリエーションの根拠を持つといふことが必要です。これは又、人間の行動の強さの
源泉にもなると思ふ。といふのは人間といふものは、それは果無い生命であります。
しかし、明日死ぬと思へば今日何かできる。そして、明日がないのだと思ふからこそ、今日何かができる
といふのは、人間の全力的表現であり、さうしなければ、私は人間として生きる価値がないのだと思ひます。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

273 :右や左の名無し様:2010/03/05(金) 12:47:11 ID:ZFBawXkK
本日ただ今の、これは禅にも通じますが、現在の一瞬間に全力表現を尽すことのできる民族が、その国民精神が
結果的には、本当に立派な未来を築いてゆくのだと思ひます。
しかし、その未来は何も自分の一瞬には関係ないのである。これは、日本国民全体がそれぞれの自分の文化と
伝統と歴史の自信を持つて今日を築きゆくところに、生命を賭けてゆくところにあるのです。
特攻隊の遺書にありますやうに、私が“後世を信ずる”といふのは“未来を信ずる”といふことではないと思ふのです。
ですから、“未来を信じない”といふことは、“後世を信じない”といふこととは違ふのであります。
私は未来は信じないけれども後世は信ずる。
特攻隊の立派な気持には万分の一にも及びませんが、私ばかりでなく、若い皆さんの一人一人がさういふ気持で後輩を、
又、自分の仕事ないし日々の行動の本を律してゆかれたならば、その力たるや恐るべきものがあると思ひます。

三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より

274 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/06(土) 02:26:19 ID:DaZCPbZ9
穢多右翼=極左、決定。

275 :右や左の名無し様:2010/03/06(土) 09:28:12 ID:???
http://image.blog.m.livedoor.com/nafr/view.cgi?article_id=51601143&blog_provider_id=1&img=http%3A%2F%2Flivedoor.m.blogimg.jp%2Fnafr%2Fimgs%2F7%2Fe%2F7e5163fb.jpg

276 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 22:56:46 ID:MQSbILqZ
三島:…GHQと戦争裁判という問題はね、単なる思想問題として考えますと(いまや僕は、政治問題としての
意味よりも思想問題として影を落としていると思うのですが)GHQの理念、あるいは戦争裁判の理念というのは、
近代的普遍的諸価値のヒューマニズムがおもてだっているわけです。そうすると、戦後にそういう諸観念がもう一度
復活して、天下をまかり通って、同時にその欺瞞をあらわしたということで、僕はアメリカの影響というのは、
日本の戦後思想史には非常に強いというふうに考える。みんなが思っているよりも。というのは、アメリカという国は、
十八世紀の古典的な理念が、おもて向きいちばんのうのうと生きている国なんですね。アメリカはああいう
人種の雑種の国ですし、歴史は浅いし、インターナショナリズム的な観念でも、国内でじゅうぶん充足するわけです。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

277 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 22:57:15 ID:MQSbILqZ
たとえばここにフランス系アメリカ人と、ドイツ系アメリカ人と、オランダ系アメリカ人の三人の話を通じさせるのに、
結局先祖のもとまでもどって、十八世紀的な理念で伝達するほかない。だから彼らは、自由といい、平和といい、
人類というときに、それは信じていると思う。それは彼らの生活の根本にあって、そういうものでもって国家を
運用し、戦争を運用し、経済を運用してやっている。それが日本にきてみた場合に、日本人がそういうような、
ある意味で粗雑な、大ざっぱな観念で生きられるかどうかという、いい実験になったと思う。(中略)
たとえば川島武宣の民法学を僕は習いましたが、民法学のなかにおいて、彼のギリギリの近代主義民法学ですがね、
そんなものは絶対日本の社会構造には妥当しなかった。戦後になってやってみた結果、アメリカが与えたと同時に、
アメリカ人の考えている自由、アメリカ人の考えている人類、アメリカ人の考えている平和というものは、
ベトナム戦争もやれるものであるということがわかってきたということだ。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

278 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 22:57:45 ID:MQSbILqZ
これは大きな問題だと思う。そうすると、アメリカ人はベトナム戦争をやっても、やはり自由を信じ、平和を
信じていると思う。これは嘘ではないと思う。彼らはけっしてそんな欺瞞的国民ではありませんし、彼らは
戦争をやって自由のために戦っているというのは、嘘ではないですよ。彼らは心からそう信じている。
ただ日本人は、そんな粗雑な観念を信じられないだけなんです。というのは、日本で自由だの平和だのといっても、
そんな粗雑な観念でわれわれ生きているわけではありませんからね。そこに非常に微妙な文化的なニュアンスがあって、
そこのうえで近代的な観念が生きている。それが徐々にわかってきたというのが、いまの思想家全体の破綻の原因で、
それは結局アメリカのおかげだと思うのです。それを与えたのもアメリカなら、反省を促したのもアメリカですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

279 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 22:58:21 ID:MQSbILqZ
林:アメリカニゼーションは、日本の戦後のはっきりした現象ですが、その初期にはアメリカ出先機関の
アメリカニゼーションだったな。日本弱化と精神的武装解除の軍人政治にすぎないものを、アメリカニゼーションと
思いこんだのが三等学者です。新憲法とともに登場して来た三等学者がたくさんいる。
彼らが新憲法を守れというのは当然です。…
三島:…しかも、丸山(真男)さんなどでも、ファシズムという概念規定を疑わないのは不思議ですね。
ファシズムというのは、ぜんぜん日本にありませんよ。
林:絶対ありません。どう考えてもね。
三島:そういう概念規定を日本にそのまま当てはめて、恬然と恥じない。
今度彼らを分析していくと、別なものにぶつかるのですよ。丸山学派の日本ファシズムの三規定というのがありますね。
一つが天皇崇拝、一つが農本主義、もう一つは反資本主義か、たしかこの三つだったと思う。そうすると、
それはファシズムというヨーロッパ概念から、どれ一つ妥当しはしませんよ。
林:一つも妥当しない。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

280 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 22:59:26 ID:MQSbILqZ
三島:はじめナチスは資本家と結んだのですからね。
日本の愛国運動というのは、もちろん資本家といろいろ関係も生じたけれども、二・二六事件の根本は反資本主義で、
当時二・二六事件もそうだが、二・二六事件のあとで陸軍の統制派が、二・二六事件があまり評判が悪かったので、
今度、やはり反資本主義的なポーズにおける声明書を発表したら、麻生久がとても感激したのですね。
やはりわれわれの徒だということになって、それで賛成演説などをやったりしたことがあるけれども、
そういうファシズム一つとってもそうだし……。
林:(中略)「ファシズム打倒」は連合国側の戦争スローガンで、日本もドイツ、イタリアなみのファシズム国家に
されてしまったのだが、最近ではご本家のアメリカ・ハーバード大学の教授グループが、日本にはファシズムは
なかったことを論証し始めている。丸山君とそのご学友諸君は何と申しますかね。…

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

281 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 23:04:26 ID:MQSbILqZ
三島:はじめナチスは資本家と結んだのですからね。
日本の愛国運動というのは、もちろん資本家といろいろ関係も生じたけれども、二・二六事件の根本は反資本主義で、
当時二・二六事件もそうだが、二・二六事件のあとで陸軍の統制派が、二・二六事件があまり評判が悪かったので、
今度、やはり反資本主義的なポーズにおける声明書を発表したら、麻生久がとても感激したのですね。
やはりわれわれの徒だということになって、それで賛成演説などをやったりしたことがあるけれども、
そういうファシズム一つとってもそうだし……。
林:(中略)「ファシズム打倒」は連合国側の戦争スローガンで、日本もドイツ、イタリアなみのファシズム国家に
されてしまったのだが、最近ではご本家のアメリカ・ハーバード大学の教授グループが、日本にはファシズムは
なかったことを論証し始めている。丸山君とそのご学友諸君は何と申しますかね。…それから二・二六事件にしても、
進歩学派諸君は支配階級内部の対立だというふうにかたづけているが……。
三島:事実はぜんぜん違っている。
林:これは一つの革命勢力と支配勢力との闘いだということを認めないわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

282 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 23:08:59 ID:MQSbILqZ
三島:僕は、ああいうものは、ある意味で林さんのおっしゃる、文明開化というものからくる一つの事象であって、
日本の近代化の激しい運動の、ラジカルな運動がああいう形をとったと考えてもいいと思いますね。いつも日本では、
アイロニカルな形で社会現象が起こっている。いちばん先鋭な近代をめざすものが、いちばん保守的な、
反動的な形態をとったり、一見進歩的形態をとっているものが、いちばん反動的なものである場合もある。
政治学者などが日本の現象を見る場合には、ぜんぜん分析が皮相で浅薄だという感じがいつもするのだけれども。
林:(中略)丸山君にこだわるわけではないが、あの人をピークとする敗戦学者の学問はいかにも学問らしい顔を
していますけれども、読めば少しも学問ではないのです。学問というのは、読んでみて、「ああ、そうだったか」と
目からウロコの落ちるような気になるのが学問です。敗戦大学教授の仕事は読者の目にウロコをかぶせるようなものですよ。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

283 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 23:09:18 ID:MQSbILqZ
三島:ほんとうにそうですね。でも、近代主義者はとにかくだめだということは、二十年でよくわかった。
そうして日本の近代主義者の言うとおりにならなかったのは、インダストリアリゼーションをやっちゃった
ということで、これが歴史の非常なアイロニーですね。普通ならば、近代主義者の言うとおりに、思想精神が
完全に近代化することによって近代社会が成立し、そしてインダストリアリゼーションの結果、そういうものが
社会に実現されるという、じつは必ずしもコミュニズムであってもなくても、彼らの考えていることはそうですよ。
ところがなに一つわれわれのメンタリティーのなかには、近代主義が妥当しないにもかかわらず、工業化が進行し、
工業化の結果の精神的退廃、空白といってもいいが、そういうものが完全に成立した。
それと、日本人のなかにある古いメンタリティーとの衝突が、各個人のなかにずいぶん無秩序なかたちで
起こっているわけですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

284 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 23:09:39 ID:MQSbILqZ
三島:…僕が思想家がぜんぜん無力だというのは、経済現象その他に対してすらなんらの予見もしなければ、
その結果に対して責任ももってないというふうに感ずるからです。
第一、戦後の物質的繁栄というのは、経済学者は一人も寄与してないと思いますよ。僕が大蔵省にいたとき
大内兵衛が、インフレ必至説を唱えて、いまにも破局的インフレがくるとおどかした。ドッジ声明でなんとか
救われたでしょう。政治的予見もなければなんにもない。経済法則というものは、実にあいまいなもので、
こんなに学問のなかでもあいまいな法則はありませんよ。
それで戦後の経済復興は、結局戦争から帰ってきた奴が一生懸命やったようなもので、なんら法則性とか
経済学者の指導とか、ドイツのシャハトのような指導的な理論的な経済学者がいたわけではないし、まったく
めくらめっぽうでここまできた。これは経済学者の功績でも、思想家の功績でもない。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

285 :右や左の名無し様:2010/03/08(月) 23:09:56 ID:MQSbILqZ
三島:(中略)僕はたとえばね、どんな思想が起ころうが、彼ら(日本の近代主義者、知識人)はもう
弁ばくできないと思うのです。だって自分たちがやるべきときやらなかったのだから、あとに何が出ても
もうしょうがないですよ。
林:まず、現われたのがアメリカン・デモクラシー、おつぎはソ連礼賛論ですな。それを圧倒したのが中共絶対論。
……だが、それもどうやらしぼみ始めたようだ。
三島:とにかく僕が「喜びの琴」という芝居を書いたとき、共産主義は暴力革命は絶対やらないのだと、もう
そんなのは昔の古いテーゼで、いま絶対にそういうことはやらないのだと……あんな芝居を書く男は、頭が
三十年古いとみんな笑ったものです。そうしたらね、インドネシアの武力革命が起こりかけた。まあ、失敗しましたが。
ちょっと、五、六年さきのこともわからないのですね。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

286 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/03/09(火) 01:26:48 ID:???
 いつもご苦労様です。わたしも学生時代に一度林房雄さんにお会いしました。
大東亜戦争肯定論は今でも販売されているのでしょうかね?林房雄先生さえ知らない人間が、著書も読まない程度の人間がまた低レベルの書き込みをしてくるのでしょうがご愛嬌です。

287 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/09(火) 01:42:29 ID:tY1wJuRq
三島は通名。

288 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/03/09(火) 05:38:19 ID:???
 はい釣れました^^三島文学も林房雄先生も知らないけどちゃちゃを入れるだけ。
 100年戦争ってわかる?まさか判るわけないわな〜。

289 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/09(火) 09:11:22 ID:QPDlHqr6
ヒトモドキの言う百年戦争?(笑

仏が強奪した朝鮮王朝の図書、韓国が永久貸与を要請
2010年3月8日(月)10:21
 【ソウル=牧野愛博】韓国政府は、1866年にフランス艦隊が黄海沖の江華島を攻撃した際に持ち去り、いまはフランス国立図書館が所有する朝鮮王朝の王立図書館「外奎章閣」の
所蔵図書の永久貸与をフランス政府に申し入れた。韓国政府関係者が明らかにした。今月、ソウルである韓仏外相会談でも取り上げる見通しだ。

 この図書を巡っては、1993年9月に訪韓したミッテラン大統領が、返還を求めた金泳三(キム・ヨンサム)大統領の要請を受け入れる考えを表明したが、約束を履行していなかった。

http://news.goo.ne.jp/article/asahi/world/K2010030800080.html

290 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 10:51:35 ID:???
>>286
貴重な体験ですね、羨ましい。
Amazonでみると古書しかなかったので文庫本などで改版してもらいたいですね。

291 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2010/03/09(火) 11:51:40 ID:???
つまり林房雄先生は、あの大東亜戦争をぺリ−上陸以来の延長戦だと言うのです。
と言うことで、アマゾンで購入されまた感想をお寄せください。

292 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/09(火) 12:48:23 ID:QPDlHqr6
ウリ等を疎み日本人が興味を持つ欧米が憎いニダ!(笑

293 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:14:57 ID:+75Cpxr1
三島:やはり林さんの明治維新の根本テーマでも、開国論者がどうしてもやりたくてやれなかったことを、
攘夷論者がやった。あの歴史の皮肉ですね。
林:攘夷論者のみが真の開国論者だった。これが歴史のアイロニイだが、敗戦史家たちには、このアイロニイが
わからないのだな。いまにわかります。
三島:そういう大きな歴史の皮肉ですね、そういうあれがあったでしょうか、戦前、戦後を通じて、文学で……。
林:アイロニイだらけだ。内村鑑三も新渡戸稲造も日本精神について英語で書いた。ドイツ文学の鴎外と
英文学の漱石が乃木大将の殉死を最も正確に理解した。現在、日本回帰の論文を発表しはじめた若い学者たちは、
ほとんど西洋史家だ。東西文明の接点に立つ日本文化のアイロニイではないでしょうか。
三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

294 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:15:32 ID:+75Cpxr1
林:…若い高村光太郎は文明開化派で西洋派だったが、晩年はたいへんな日本主義者になる。
与謝野鉄幹、北原白秋をはじめ詩人たちの大部分は同じ道を歩いている。すべて内的な自己展開であって、
時流におし流されてものを言ったのではない。
三島:伊東静雄なんかも、戦争中のものは非常にいいですよ。ほんとうにいい詩ですね。
林:だから人間は戦争を避けて通ろうとしてはいけないのですよ。平和は結構だが、戦争は必ず起こると覚悟して
いなければ、一歩も進めない。平和が永久につづくなどと思っていたら、とんだ観測ちがいをおかすことになる。
地球国家ができましたら、こんどは宇宙船を飛ばして……。
三島:ほかの遊星を攻撃する……。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

295 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:19:43 ID:+75Cpxr1
三島:文壇というものがあるかないか、そんなことはわからないけれども、やはり時代のどこかで風船の空気が
漏れているところというのは敏感ですよね。いまたしかに風船の空気が漏れている。風船が小さくなりつつあるのです。
それで、その風船の空気を、また充填するか、その穴をどうするかということは、それは左翼も右翼もありはしない。
(中略)一方では空白状態をそのまま出せば正直だと思う。僕はそんなものは正直だとは思わない。つまり現在の空白、
現在の堕落――堕落と言ったらちょっと政治的な面がこもりすぎるが――文学というのは、そういうものを
映す鏡ではない。文学というのは、いつも医者と薬とを兼ねたものです。あるいは医者と患者を兼ねたものだと
言ってもいい。われわれは最先端の患者なんです。同時に最先端の医者なんです。それが文学の使命でね。
そうして医者だって、使命だけにとらわれたものは社会改良家になっちゃう。それは文学者の逸脱で、患者だってカルテにとらわれたら
空白状態を模写するだけにすぎない。そうするとサナトリウムに入っちゃう。そうなると文学者じゃないのです。

三島由紀夫
林房雄との

296 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:20:09 ID:+75Cpxr1
三島:文学者というのはいつでも、最先端の患者であり、最先端の医者である。おのずからそこに、医者と患者の間には、
いつも争いがあって、患者は癒りたくないと言うかもしれない。医者はおまえに効く薬はないと言うかもしれない。
それが文学状況の、いつも先鋭なところで、それをつかまえてないやつは、文学のほんとうの危機というものは
わかってないのではないかと考える。それが現在のナショナリズムの問題とかなんとかいう問題と、おのずから
照応してくるので……。
林:君のいう型の文学者――医者兼患者の文学者は、文学者の永遠のタイプだろうが、生きにくいね。
ローマ帝国でも、ヒトラー帝国でも、中共帝国でもソ連帝国でも、詩人や作家は追放されなければ自殺してしまう。
だが、敗戦二十年間の日本は国家でも帝国でもない。大平社会は文学の味方顔しているが、最悪の敵かもしれぬ。
野放しにされた物書きが文学者顔して、ひどい文章を書いている。
三島:いま文壇にいるのは、患者と医者だけですよ。患者兼医者というのはいない。それで医者が患者をほめていますね。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

297 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:20:50 ID:+75Cpxr1
神風連のことを研究していて、おもしろく思ったのは、かれらは孝明天皇の攘夷の御志を、明治政府が完全に転倒させ、
廃刀令を出したことに対して怒り、「非先王之法服不敢服、非先王之法言不敢道、非先王之徳行不敢行」という
思想を抱いていた。万世一系ということと、「先帝への忠義」ということが、一つの矛盾のない精神的な中核として
総合されていた天皇観が、僕には興味が深いのです。
歴史学者の通説では、大体憲法発布の明治二十二年前後に、いわゆる天皇制国家機構が成立したと見られているが、それは
伊藤博文が、「昔の勤皇は宗教的の観念を以てしたが、今日の勤皇は政治的でなければならぬ」と考えた思想の実現です。
僕は、伊藤博文が、ヨーロッパのキリスト教の神の観念を欽定憲法の天皇の神聖不可侵のもとにしたという考えはむしろ
逆で、それ以前の宗教的精神的中心としての天皇を、近代政治理念へ導入して政治化したという考えが正しいと思います。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

298 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:21:21 ID:+75Cpxr1
(中略)明治憲法の発布によって、近代国家としての天皇制国家機構が発足したわけですが、「天皇神聖不可侵」は、
天皇の無謬性の宣言でもあり、国学的な信仰的天皇の温存でもあって、僕はここに、九十九パーセントの西欧化に対する、
一パーセントの非西欧化のトリデが、「神聖」の名において宣言されていた、と見るわけです。神風連が電線に対して
かざした白扇が、この「天皇不可侵」の裏には生きていると思う。殊に、統師大権的天皇のイメージのうちに、
攘夷の志が、国務大権的天皇のイメージのうちに開国の志が、それぞれ活かされたと見るのです。これがさっきの
神風連の話ともつながるわけですが、天皇は一方で、西欧化を代表し、一方で純粋な日本の最後の拠点となられる
むずかしい使命を帯びられた。天皇は二つの相反する形の誠忠を、受け入れられることを使命とされた。
二・二六事件において、まことに残念なのは、あの事件が、西欧派の政治理念によって裁かれて、神風連の
二の舞になったということです。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

299 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:26:16 ID:+75Cpxr1
ところで僕は、日本の改革の原動力は、必ず、極端な保守の形でしか現われず、時にはそれによってしか、
西欧文明摂取の結果現われた積弊を除去できず、それによってしか、いわゆる「近代化」も可能ではない、という
アイロニカルな歴史意志を考えるのです。
福沢諭吉と神風連が実に対蹠的なのは、明治政府の新政策によって、前者は欣喜し、後者は幻滅した。僕は
幻滅によって生ずるパトスにしか興味がない。幻滅と敗北は、攘夷の志と、国粋主義の永遠の宿命なのであって、
西欧の歴史法則によって、その幻滅と敗北はいつも予定されている。日本の革新は、いつでもそういう道を辿ってきた。
唯一の成功した革新は、外国占領軍による戦後の革新です。
僕の天皇に対するイメージは、西欧化への最後のトリデとしての悲劇意志であり、純粋日本の敗北の宿命への
洞察力と、そこから何ものかを汲みとろうとする意志の象徴です。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

300 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:26:44 ID:+75Cpxr1
しかるに昭和の天皇制は、内面的にもどんどん西欧化に蝕まれて、ついに二・二六事件をさえ理解しなかったではないか。
そのもっとも醇乎たる悲劇意志への共感に達しなかったではないか。「何ものかを汲みとろう」なんて言うと
アイマイに思われるでしょうが、僕は維新ということを言っているのです。天皇が最終的に、維新を「承引き」
給うということを言っているのです。そのためには、天皇のもっとも重大なお仕事は祭祀であり、非西欧化の
最後のトリデとなりつづけることによって、西欧化の腐敗と堕落に対する最大の批評的拠点になり、革新の
原理になり給うことです。イギリスのまねなんかなさっては困るのです。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

301 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:27:21 ID:+75Cpxr1
僕は天皇無謬説なんです。
僕はどうしても天皇というのを、現状肯定のシンボルにするのはいやなんですよ。
革命家がある場合には旧支配の頂点によって肯定されるという妙なことが起こり得るのが、日本ではないのですか
というのです。
つまり天皇というのは、僕の観念のなかでは世界に比類のないもので、現状肯定のシンボルでもあり得るが、
いちばん先鋭な革新のシンボルでもあり得る二面性をもっておられる。いまあまりにも現状肯定的ホームドラマ的
皇室のイメージが強すぎるから、先鋭な革新の象徴としての天皇制というものを僕は言いたいというだけのことですよ。
天皇制のもう一つの側面というものが忘れられている、それがいかんということを僕は言いたい。
それだけのことです。天皇は実に不思議で、世界無比だというのは、その点ですよ。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

302 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:27:56 ID:+75Cpxr1
(中略)僕は大嘗祭というお祭りが、いちばん大事だと思うのですがね。あれはやはり、農本主義文化の一つの
精華ですね。あそこでもって、つまり昔の穀物神と同じことで、天皇が生まれ変わられるのですね。そうして
天皇というのは、いま見る天皇が、また大嘗祭のときに生まれ変わられて、そうして永久に、最初の天照大神に
かえられるのですね。そこからまた再生する。
…僕は、経済の発展的な段階というものを、ぜんぜん信じてないのですね。農耕文化なり、なに文化なり、
資本主義から社会主義になるというのは、まったく信じてない。だけれどもインダストリアゼーションは、土から、
みんな全部人間を引き離すでしょう。そしてわれわれのもっているものは、すべて土とか、植物とか、木の葉とか、
そういうものとはどんどん離れていく。それで土を代表するものはなにかとか、稲の葉っぱを代表するものは
なにかとか、自然というものと、われわれの生活とを最後に結ぶものはなにか。それは、たまたま、ことばは
農本主義と言っても、経済学上の用語としての農本主義とちょっと違いますが……。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

303 :右や左の名無し様:2010/03/09(火) 14:28:37 ID:+75Cpxr1
(中略)天皇制というのは、少しバタ臭い解釈になるが、あらゆる人間の愛を引き受け、あらゆる人間の愛による
不可知論を一身に引き受けるものが天皇だと考えます。普通の人間のあいだの恋でしょう……。
恋(れん)ですね。それは普通の人間とのあいだの愛情は、みなそれで足りるのですよ、全部。それがぼくは
日本の風土だというふうに思うのです。
(中略)
僕にとっては、芸術作品と、あるいは天皇と言ってもいい、神風連と言ってもいいが、いろいろなもののね、
その純粋性の象徴は、宿命離脱の自由の象徴なんですよ。つまりね、一つ自分が作品をつくると、その作品は
独得の秩序をもっていて、この宿命の輪やね、それから人間の歴史の必然性の輪からポンとはみ出す、ポンと。
これはだれがなんと言おうと、それ自体の秩序をもって、それ自体において自由なんですね。
その自由を生産するのが芸術家であって、芸術家というものは、一つの自由を生産する人間だけれども、自分が
自由である必要はない、ぜんぜん。そしてその芸術作品というのはある意味では、完全に輪から外れたものです。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

304 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/10(水) 19:08:38 ID:Bg+8n4yo
日本人論てか外国人から見た日本だろ。

305 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 11:59:24 ID:KmdDzyqM
一度、僕は新聞に原爆のことを書いたことがある。
そして、ナセルが「落とすなら原爆を落としてもいいよ」とか、中共が「水爆を落としてもいいよ、われわれは
人口七億だから、半分なくなってもあと戦える」と言った、ああいうのはもっとも危険な思想だろうと、
そういうことを書いたら、没になったことがあるのです、だいぶ前に。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

306 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 12:00:00 ID:KmdDzyqM
――それはそうと、この間江田島の参考館へ行って、特攻隊の遺書をたくさん見ました。遺書というのではないが、
ザラ紙に鉛筆の走り書きで、「俺は今とても元気だ。三時間後に確実に死ぬとは思えない……」などというのがあり、
この生々しさには実に心を打たれた。
九割九分までは類型的な天皇陛下万歳的な遺書で、活字にしたらその感動は薄まってしまう。もし出版するなら、
写真版で肉筆をそのまま写し、遺影や遺品の写真といっしょに出すように忠告しました。
それにしても、その、類型的な遺書は、みんな実に立派で、彼らが自分たちの人生を立派に完結させるという
叡智をもっていたとしか思えない。もちろん未練もあったろう。言いたいことの千万言もあったろう。
しかしそれを「言わなかった」ということが、遺書としての最高の文学表現のように思われる。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

307 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 12:00:39 ID:KmdDzyqM
僕が「きけわだつみのこえ」の編集に疑問を呈してきたのはそのためです。
そして人間の本心などというものに、重きを置かないのはそのためです。もし人間が決定的行動を迫られるときは、
本心などは、まして本心の分析などは物の数ではない。それは泡沫のようなただの「心理」にすぎない。
そんな「心理」を一つも出していない遺書が結局一番立派なのです。
それにしても、「天皇陛下万歳」と遺書に書いておかしくない時代が、またくるでしょうかね。もう二度と
来るにしろ、来ないにしろ、僕はそう書いておかしくない時代に、一度は生きていたのだ、ということを、
何だか、おそろしい幸福感で思い出すんです。いったいあの経験は何だったんでしょうね。あの幸福感は
いったい何だったんだろうか。

三島由紀夫
林房雄との対談「対話・日本人論」より

308 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 12:06:58 ID:KmdDzyqM
明治維新のときは、次々に志士たちが死にましたよね。あのころの人間は単細胞だから、あるいは貧乏だから、
あるいは武士だから、それで死んだんだという考えは、ぼくは嫌いなんです。
どんな時代だって、どんな階級に属していたって、人間は命が惜しいですよ。それが人間の本来の姿でしょう。
命の惜しくない人間がこの世にいるとは、ぼくは思いませんね。だけど、男にはそこをふりきって、あえて
命を捨てる覚悟も必要なんです。維新にしろ、革命にしろ、その覚悟の見せどころだとぼくは思うんだが、
全共闘には、やっぱり生命尊重主義というか、人命の価値が至上のものだという戦後教育がしみついていますね。

三島由紀夫
古林尚との対談「最後の言葉」より

309 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 12:07:25 ID:KmdDzyqM
(中略)
ぼくがウソだと思ったのは「きけわだつみのこえ」でした。あの遺稿集(きけわだつみのこえ)は、もちろん
ほんとに書かれた手記を編集したものでしょう。だが、あの時代の青年がいちばん苦しんだのは、あの手記の
内容が示しているようなものじゃなくて、ドイツ教養主義と日本との融合だったんですよね。
戦争末期の青年は、東洋と西洋といいますか、日本と西洋の両者の思想的なギャップに身もだえして悩んだものですよ。
そこを突っきって行ったやつは、単細胞だから突っきったわけじゃない。やっぱり人間の決断だと思います。
それを、あの手記を読むと、決断したやつがバカで、迷っていたやつだけが立派だと書いてある。
そういう考えは、ぼくは許せない。

三島由紀夫
古林尚との対談「三島由紀夫 最後の言葉」より

310 :右や左の名無し様:2010/03/11(木) 18:34:57 ID:???
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080612/trd0806122207008-n2.htm
「さらば革命的世代」

 東京の女子大で全共闘経験がある専業主婦(60)は、
息子が一流大学から一流企業に入ったことを「気に入らない」と批判する。

 「安定だけを求める生活は、学生時代の自分が最も嫌っていたもの。
せっかく自由に育てたつもりなのに、息子は何もわかってくれなかった」


この親御さんは、息子が「自由に」進路を選択した一つの結果として、
一流大学・一流企業への道を歩んだとは考えられないのかな。
道を選んだという捕らえ方は、

311 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:27:52 ID:I3ZOJDR9
芸術における虚妄の力は、死における虚妄とよく似てゐる。団蔵の死は、このことを微妙に暗示してゐる。
芸道は正にそこに成立する。
芸道とは何か?
それは「死」を以てはじめてなしうることを、生きながら成就する道である、といへよう。
これを裏から言ふと、芸道とは、不死身の道であり、死なないですむ道であり、死なずにしかも「死」と同じ
虚妄の力をふるつて、現実を転覆させる道である。同時に、芸道には、「いくら本気になつても死なない」
「本当に命を賭けた行為ではない」といふ後めたさ、卑しさが伴ふ筈である。現実世界に生きる生身の人間が、
ある瞬間に達する崇高な人間の美しさの極致のやうなものは、永久にフィクションである芸道には、決して
到達することのできない境地である。「死」と同じ力と言つたが、そこには微妙なちがひがある。いかなる
大名優といへども、人間としての団蔵の死の崇高美には、身自ら達することはできない。彼はただそれを
表現しうるだけである。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

312 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:28:17 ID:I3ZOJDR9
ここに、俳優が武士社会から河原乞食と呼ばれた本質的な理由があるのであらう。今は野球選手や芸能人が
大臣と同等の社会的名士になつてゐるが、昔は、現実の権力と仮構の権力との間には、厳重な階級的差別があつた。
しかし仮構の権力(一例が歌舞伎社会)も、それなりに卑しさの絶大の矜持を持ち、フィクションの世界観を以て、
心ひそかに現実社会の世界観と対決してゐた。現代社会に、このやうな二種の権力の緊張したひそかな対決が
見られないのは、一つは、民主社会の言論の自由の結果であり、一つは、現実の権力自体が、すべてを同一の
質と化するマス・コミュニケーションの発達によつて、仮構化しつつあるからである。
さて、芸能だけに限らない。小説を含めて文芸一般、美術、建築にいたるまで、この芸道の中に包含される。
(小説の場合、芸道から脱却しようとして、却つて二重の仮構のジレンマに陥つた「私小説」のやうな例もあるが、
ここではそれに言及する遑(いとま)はない)

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

313 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:28:41 ID:I3ZOJDR9
(中略)芸道には、本来「決死的」などといふことはありえない。
…ギリギリのところで命を賭けないといふ芸道の原理は、芸道が、とにかく、石にかじりついても生きてゐなければ
成就されない道だからである。「葉隠」が、
「芸能に上手といはるゝ人は、馬鹿風の者なり。これは、唯一偏に貪着(とんちやく)する故なり、愚痴ゆゑ、
余念なくて上手に成るなり。何の益にも立たぬものなり」
と言つてゐるのは、みごとにここを突いてゐる。「愚痴」とは巧く言つたもので、愚痴が芸道の根本理念であり、
現実のフィクション化の根本動機である。
さて、今いふ芸術が、芸道に属することをいふまでもないが、私は現代においては、あらゆるスポーツ、いや、
武道でさへも、芸道に属するのではないかと考へてゐる。
それは「死なない」といふことが前提になつてゐる点では、芸術と何ら変りないからである。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

314 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:28:49 ID:mRzftxUp
きもいから。


315 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:29:39 ID:I3ZOJDR9
(中略)
武士道とは何であらう?
私はものごとに「道」がつくときは、すでに「死」の原理を脱却しかかり、しかも死の巨大な虚妄の力を自らは
死なずに利用しはじめる時であらう、と考へる。武士道は、日常座臥、命のやりとりをしてゐた戦国時代ではなくて、
すでに戦国の影が遠のき、日常生活における死が稀薄になりつつあつた時代に生れた。
真に死に直面してゐた戦闘集団には、それこそ日々の「決死」の行為と、その死への心構へと、死を前にした
人間の同志的共感がすべてである。それは決して現実を仮構化する暇などはもたない。それこそが、現実の側の
権力のもつとも純粋な核であり、あらゆる芸道的なものを卑しめる資格があるのは、このやうな、死に直面した
戦闘集団に他ならない。それさへ、現実に権力を握れば、現実の仮構化をもくろむ芸道の原理に対抗するに
自分も亦、こつそりと現実の仮構化を模倣しつつ、しかも芸道を弾圧せねばならない。これが現実権力の腐敗である。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

316 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:30:05 ID:I3ZOJDR9
私が決して腐敗を知らぬ、永遠に美しい、永遠に純粋至上な「現実権力」として認めるものは、あの挫折した
二・二六事件の、青年将校の同志的結合である。末松太平氏の「私の昭和史」の次のやうな一節を読むがいい。
天皇の軍隊を天皇の命令なくして、私的にクーデターなどに使ふことに反対してゐた高村中尉(著者の学友)が、
つひに著者に説得されて、理屈よりも友情が勝ち、次のやうに言ふところである。
「『(略)…貴様がやることなら、おれもやるよ。しかしやるまで暇があるなら、そのあいだにできるだけ、
そのおれの疑念を晴らすよう教えてくれ。疑念が晴れなければやらないというのじゃないよ』」
この最後の一句のいさぎよい美しさこそ、永遠に反芸道的なものである。そして芸道を河原乞食と卑しむことが
できるものは、このやうな精神だけであり、固定して腐敗した政治権力には、そのやうな資格はない。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

317 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:31:41 ID:I3ZOJDR9
さて、死に直面する戦闘集団の原理は、多少とも武士道に影を宿し、泰平無事の元禄の世にも、赤穂義士の義挙と、
「葉隠」の著作を残した。それが、命のやりとりを再び復活した幕末から維新を経て、人々の心に色濃くのこつてゐた。
このやうな戦闘集団の同志的結合は、要するに、戦野に同じ草を枕にし、同じ飯盒(はんがふ)の飯を喰ひ、
死の機会は等分に見舞ふところの、上長と兵士の間の倫理を要請した。
飛躍するやうだが、旧憲法の統師大権の本質はここにあり、武士道を近代社会へつなぐ唯一のパイプであつたと
思はれるのである。
史家は、明治憲法制定の時、薩摩閥が、国務大権を握つたのに対抗して、長州閥が、天皇に直属する統師大権を
握つて、国務大権から独立した兵馬の権をわがものにしようとした、と説明するが、政治史の心理的ダイナミズムは
そのやうに経過したとしても、統師大権の根本精神は、もつと素朴な、戦闘集団の同志的結合の純粋性を天皇に
直属せしめるところにあつたと思はれる。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

318 :右や左の名無し様:2010/03/14(日) 11:32:03 ID:I3ZOJDR9
二・二六事件の悲劇は、統師大権の純粋性を信じた青年将校と、英国的立憲君主の教育を受けた文治的天皇との、
甚だしい齟齬にあつたが、私が近ごろ再軍備の論をきくにつれ、いつも想起するのは、この統師大権の問題である。
シヴィリアン・コントロールとたやすく言ふが、真に死に直面した戦闘集団は、芸道的原理に服した現実の権力の
ために死ぬことができるであらうか?
早い話が、「死ぬこととみつけた」武士道は、「死なないですむ」芸道のために、死ぬことができるであらうか?
「死なないですむ」芸道的原理が現代を支配し、大臣も芸能人も野球選手も、同格同質の社会的名士と扱はれ、
したがつてそこに、現実の権力と仮構の権力(純粋芸道)との、真の対決闘争もなく、西欧的ヒューマニズムが、
唯一の正義として信奉されてゐるやうな時代に、シヴィリアン・コントロールが、真に日本人を死なせる
原理として有効であらうか、私は疑問なきを得ない。
もちろん、シヴィリアン・コントロールは、天皇の代りに、総理大臣のために死ぬことではない。

三島由紀夫
「団蔵・芸道・再軍備」より

319 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/03/14(日) 12:06:34 ID:82vHXjXw
勝手に火病って晒し首に成る土人が武士道とか語んなっつのw

320 :右や左の名無し様:2010/03/20(土) 14:09:06 ID:F/oJyXTR
オルテガの史観は、所与の事実をそのまま歴史とはみとめない。(中略)
これは結局、キリスト教徒の歴史観のうちにあらはれた世代の観念である。世代を媒体にして、歴史的事実が
形成されるといふ世代論である。(中略)
特攻隊の歴史感覚と、オルテガ流の「理念のなかにおける再体験の試み」といふ歴史感覚ほど、相隔たること
遠いものはない。
私には、今も、戦争体験はオルテガ流に甦つては来ない。特攻隊は歴史の中に突入し、埋もれた。
われわれは偶然生き残つて、歴史の外に取り残された。私は歴史の外にある自分の存在理由をたづねて、
今日に及んだのである。

三島由紀夫
「歴史の外に自分をたづねて」より

321 :右や左の名無し様:2010/03/25(木) 16:25:35 ID:yVqB6BsJ
三島由紀夫のツイッター
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/cafe30/1269480885/

322 :右や左の名無し様:2010/03/25(木) 20:05:47 ID:???
なんだまだ生きてたのか

323 :右や左の名無し様:2010/04/04(日) 11:11:17 ID:nwtYQOUi
三島:いま筋の通ったことをいえば、みんな右翼といわれる。
だいたい、“右”というのは、ヨーロッパのことばでは“正しい”という意味なんだから。(笑)

三島由紀夫
鶴田浩二との対談「刺客と組長 男の盟約」より

324 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/04/06(火) 22:32:52 ID:NQaCbmXo
正しい事?を言って右と呼ばれるのに肖って右みたいな変な格好をして可笑しい事を言うのが正しい事ではないんぢゃないかな?

息を吐く様に嘘を吐くから形が必要な訳で、正しい?事を言うのに格好も思想も関係ないwww

325 :右や左の名無し様:2010/04/07(水) 11:08:00 ID:fnJYYo5K
Q:先生の皇室観について

…僕は、天皇制といふものは、制度上の問題でもなく、皇居だけの問題でもない。日本人の奥底の血の中にある
もので、しかもみんな気付いてゐないものだと思ひます。だからどんな過激なことをいつてゐる人でも、その
心の奥をどんどん掘りかへしていくと、日本人の天皇との結びつき、つまり天皇制といふものの考へがひそんで
ゐると思ひます。我々は殆(ほと)んど無意識のうちに暮してゐますけど、心の奥底で、天皇制と国民は
連なつてゐるのだと思ひます。それを形に表はしたのが皇室なんです。
ですから皇室で一番大切なのはお祭りだと思ひます。
“お祭り”を皇室がずつと維持していただく、これが一番大切なことです。歴代の天皇が心をこめて守つて
来られた日本のお祭りを、将来にわたつて守つていただきたいと思ひます。

三島由紀夫「三島由紀夫先生を訪ねて――希望はうもん」より

326 :右や左の名無し様:2010/04/07(水) 11:08:24 ID:fnJYYo5K
Q:現代かなづかひについて

…僕は今の若い人は現代かなづかひでなければ小説など読まないと思つてゐたんですけど、かならずしも
さうではないやうです。
言葉をいぢるといふことは、言葉の魂をいぢることで、日本人の歴代を人為的にいぢるのと同じことです。
僕は大嫌ひですね。言葉を大切にしない民族は、三流ですよ。

三島由紀夫「三島由紀夫先生を訪ねて――希望はうもん」より

327 :右や左の名無し様:2010/04/07(水) 16:09:22 ID:???
かなづかひまらをひさいでふみおくるはげのこしさえはとはつつきぬ

328 :右や左の名無し様:2010/04/08(木) 01:56:48 ID:???
みじかびのきやぷりてとればすぎちよびれ
すぎかきすらのはつぱふみふみ

329 :右や左の名無し様:2010/04/08(木) 13:27:30 ID:???
ざするぱらばぱんだたひでごしぬがす

330 :右や左の名無し様:2010/04/08(木) 13:37:04 ID:LQscBzPf
三島

331 :右や左の名無し様:2010/04/10(土) 11:43:06 ID:0D/zBMS3
共産社会に階級がないというのは全くの迷信であって、これは巨大なビューロクラシーの社会であります。
そしてこの階級制の蟻のごとき社会にならないために我々の社会が戦わなければならんというふうに私は考える
ものですが、日本の例をとってみますと、日本にどういうふうに階級があるのか、まずそれを伺いたい。
たとえばアメリカなどは民主主義社会とはいいながら、ヨーロッパよりさらに古い、さらに深い階級意識がある
国です。というのは、ヨーロッパを真似して成金が階級をつくったのですね。ですからこれはアングロ・
サクソンの文化の伝統ですが、クラブというのがありますね。みんなメンバーシップオンリーのクラブで、下の
クラブの人が上のクラブをステイタス・シンボルとして、ステイタス・クライマーが上流のクラブへ入るために
あらゆる算段をするわけです。(略)アメリカにはステイタス・シンボルというものが非常にたくさんあります。

三島由紀夫
「学生とのティーチ・イン 国家革新の原理」より

332 :右や左の名無し様:2010/04/10(土) 11:43:50 ID:0D/zBMS3
ところが日本ではステイタス・シンボルに当たるものが私は何があるのかと聞きたい。(略)一つの社会風俗的
現象としてのステイタス・シンボルがあるのか。キャデラックに乗っていたらブルジョアなのか。みんな会社の
金でキャデラックに乗っている、それがブルジョアなのか。あるいはゴルフクラブに入っていたらそれが
ブルジョアなのか。(略)そして日本では社会主義者も共産主義者もみんな軽井沢に別荘を持っている。(略)
私は階級差というものの甚だしい例をヨーロッパでたくさん見てきた。(略)
富の分配というのは一応マルクス主義の美名になっておりますが、これは別の方法を使ったってできるのだ。

(略)権力の分配に至っては、共産主義社会のあのおそろしいビューロクラシーと比べると、我々はむしろ
権力の分配の公正な社会に生きていると、私はこう考えております。

三島由紀夫
「学生とのティーチ・イン 国家革新の原理」より

333 :右や左の名無し様:2010/04/12(月) 11:09:07 ID:yMFfR1Ym
チベットの反乱に対して、中共は断固鎮圧に当たるさうである。(中略)
中共もエラクなつて、正義の剣をチベットに対してふるはうといふのだらうが、チベットに潜行して反乱軍に
参加しようといふ風雲児もあらはれないところをみるとどうも日本人は弱い者に味方しようといふ気概を失つて
しまつたやうだ。
世界中で一番自分が弱い者だと思つてゐる弱虫根性が、敗戦後日本人の心中深くひそんでしまつたらしい。

三島由紀夫「憂楽帳 反乱」より

334 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/04/13(火) 20:51:12 ID:TdXjK3ro
自分でやればーか。

335 :右や左の名無し様:2010/04/14(水) 00:41:08 ID:1Z6fa5jk
剣道の、人を斬るといふ仮構は爽快なものだ。
今は人殺しの風儀も地に落ちたが、昔は礼儀正しく人を斬ることができたのだ。
人とエヘラエヘラ附合ふことだけにエチケットがあつて、人を斬ることにエチケットのない現代とは、
思へば不安な時代である。

三島由紀夫「ジムから道場へ――ペンは剣に通ず」より

336 :右や左の名無し様:2010/04/23(金) 00:18:13 ID:mKigYMxt
「長安に男児ありき 二十にして心已に(すでに)朽つ」
(李長吉の詩「陳商に贈る」の冒頭の二行)
李長吉は中唐の天才詩人で西暦紀元七九一年に生れ、二十七歳で西暦紀元八一七年に死んだ。
耽美的で、難解で、デカダンで、華麗で、憂鬱で、鬼気を帯びて……、とにかくすばらしい詩人だ。
実生活は不幸で、二十歳のとき、人のねたみで、官吏登用試験を受けられず、失意に沈んだ心境を述べた詩だが、
私はそんな来歴にはかまはず、全く自分のものとしてこの詩を愛してゐる。
二十歳の自分の心境告白として、この二行を愛してゐるのである。
二十歳にして敗戦日本の現実に投げ出された私は、すでに心朽ちたまま、自分の美の国を建設せねばならなかつた。
その気持を李長吉が歌つてくれたやうな気がするのである。

三島由紀夫「私の愛することば」より

337 :右や左の名無し様:2010/05/05(水) 23:55:21 ID:eF0re+Ua
天地の混沌がわかたれてのちも懸橋はひとつ残つた。さうしてその懸橋は永くつづいて日本民族の上に永遠に
跨(またが)つてゐる。これが神(かん)ながらの道である。こと程さ様に神ながらの道は、日本人の
「いのち」の力が必然的に齎(もたら)した「まこと」の展開である。(中略)
神ながらの道に於ては神の世界への進出は、飛躍を伴はぬのである。そして地上の発展そのものがすでに神の
世界への「向上」となつてゐるのである。かるが故に「神ながらの道」は地上と高天原との懸橋であり得るのである。
神ながらの道の根本理念であるところの「まことごゝろ」は人間本然のものでありながら日本人に於て最も
顕著に見られる。それは豊葦原之邦(とよあしはらのくに)の創造の精神である。この「土」の創造は一点の
私心もない純粋な「まことごゝろ」を以てなされた。

平岡公威(三島由紀夫)16歳
「惟神(かんながら)之道」より

338 :右や左の名無し様:2010/05/05(水) 23:55:51 ID:eF0re+Ua
「まことごゝろ」は又、古事記を貫ぬき万葉を貫ぬく精神である。鏡――天照大神(あまてらすおほみかみ)に
依つて象徴せられた精神である。すべての向上の土台たり得べき、強固にして美くしい「信ずる心」であり
「道を践(ふ)む心」である。虚心のうちにあはされた澎湃(はうはい)たる積極的なる心である。かゝる
積極と消極との融合がかもしだしたたぐひない「まことごゝろ」は、又わが国独特の愛国主義をつくり出した。
それは「忠」であつた。忠は積極のきはまりの白熱した宗教的心情であると同時に、虚心に通ずる消極の
きはまりであつた。
かゝる「忠」の精神が「神ながらの道」をよびだし、又「神ながらの道」が忠をよびだすのである。かくて
神ながらの道はすべての道のうちで最も雄大な、且つ最も純粋な宗教思想であり国家精神であつて、かくの如く
宗教と国家との合一した例は、わが国に於てはじめて見られるのである。

平岡公威(三島由紀夫)16歳
「惟神(かんながら)之道」より

339 :右や左の名無し様:2010/05/08(土) 23:38:58 ID:faVhLyET
三島:…少なくとも自民党が危ないときになって国民投票をやったとします。そうしてウイかノンかといのを
国民に問うたとします。できることは、安保賛成(ウイ)か安保反対(ノン)かどっちかしかない。
安保賛成というのは、はっきりアメリカですね。安保反対というのはソビエトか中共でしょう。日本人に向かって
おまえアメリカをとるか、ソビエトをとるか中共をとるかといったら、僕はほんとうの日本人だったら態度を
保留すると思うんですね。日本はどこにいるんだ。日本は選びたいんだ、どうやったら選べるんだ。
これはウイとノンの本質的意味をなさんと思うんですよ。
…まだ日本人は日本を選ぶんだという本質的な選択をやれないような状況にいる。
これで安保騒動をとおり越しても、まだやれないんじゃないかという感じがしてしようがない。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

340 :右や左の名無し様:2010/05/08(土) 23:39:21 ID:faVhLyET
三島:それで去年の夏、福田赳夫さんと会ったときに、
「自民党は安保条約と刺しちがえて下さいよ」と言ったんですよ。私が大きなことを言うようですが、
私の言う意味は、自民党はやはり歴史的にそういう役割を持っている、自民党は西欧派だと思うんです。
西欧派は西欧派の理念に徹して、そこでもって安保反対勢力と刺しちがえてほしい。
その次に日本か、あるいは日本でないかという選択を迫られるんであるというふうに言ったことがある。
いま右だ左だといいましても、安保賛成が右なのかということは、いえないと思うんです。
安保賛成も一種の西欧派ですよ。安保反対はもちろん外国派です。
そうすると国粋派というのは、そのどっちの選択にも最終的には加担していないですよ。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

341 :右や左の名無し様:2010/05/08(土) 23:39:43 ID:faVhLyET
三島:ですからナショナリズムの問題が日本では非常にむずかしくなりまして、私が思うのに、
いま右翼というものが左翼に対して、ちょっと理論的に弱いところがあるのは、われわれ国粋派というのは、
ナショナリズムというものが、九割まで左翼に取られた。
だって米軍基地反対といったって、イデオロギー抜きにすれば、だれだってあまりいい気持ちではない。
それからアメリカは沖縄を出て行け、沖縄は日本のものであったほうがいい、なにを言ったところで、
左翼にとってみれば、どこかで多少ナショナリズムにひっかかっているから広くアピールする。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

342 :右や左の名無し様:2010/05/08(土) 23:40:03 ID:faVhLyET
三島:そうして私は、ナショナリズムは左翼がどうしても取れないもの――九割まで取られちゃったけれども、
どうしても取れないもの、それにしがみつくほかないと信じている。だから天皇と言っているんです。
もちろん天皇は尊敬するが、それだけが理由じゃない。ナショナリズムの最後の拠点をぐっとにぎって
いなければ取られちゃいますよ。そうして日本中が右か左の西欧派(ナショナリズムの仮面をかぶった)になっちゃう。
林:(中略)僕は今の左翼の“ナショナリズム”は発生が外国指令だと思う。
いくら彼らに教えても反米はできるが反ソ、反中共はできない。したがって尊王ということは、彼らにとっては、
もってのほかです。(中略)
三島:(中略)やつらは天皇、天皇といえばのむわけないです。
のむわけないから、やつらから天皇制打倒というのを、もっと引出したいですよ。(中略)
これをもっとやつらから引出さなければならない。
やつらのいちばんの弱味を引き出してやるのが、私は手だと思っているんですがね。

三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より

343 :右や左の名無し様:2010/05/08(土) 23:49:38 ID:???
つばなればたまもくだけんまらだちのけつもゆれうくにおうあなじめ

344 :右や左の名無し様:2010/05/13(木) 11:20:57 ID:7amcCAyt
今日只今の平和な日常生活の中にも、間接侵略の下拵(したごしら)へは着々と進められてゐる

三島由紀夫「祖国防衛隊はなぜ必要か?」より

345 :右や左の名無し様:2010/05/13(木) 11:21:38 ID:7amcCAyt
不退転の決意とは何か?
すなはち、国民自らが一朝あれば剣を執つて、国の歴史と伝統を守る決意であり、
自ら国を守らんとする気魄(きはく)であります。

三島由紀夫「祖国防衛隊はなぜ必要か?」より

346 :右や左の名無し様:2010/05/13(木) 20:58:34 ID:???
三島のような働きもしない男におどらされるなんて バカだよ
運動神経の鈍い小男なんだよ かれはまるでハゲキモだね

347 :巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2010/05/13(木) 23:52:16 ID:HmC/69bl
祖国防衛隊ってw在日系と民族派が有るがどちらも朝鮮系www

348 :右や左の名無し様:2010/05/14(金) 00:21:55 ID:???
朝鮮もむかしは日本の一部ですから、大日本帝国へ忠誠をつくしているのでしょう

349 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:38:32 ID:3UKbJ42z
最初の特攻隊が比島に向つて出撃した。我々は近代的悲壮趣味の氾濫を巷に見、あるひは楽天的な神話引用の
讃美を街頭に聞いた。我々が逸早く直覚し祈つたものは何であつたか。我々には彼等の勲功を讃美する代りに、
彼等と共に祈願する術しか知らなかつた。彼等を対象とする代りに、彼等の傍に立たうとのみ努めた。
真の同時代人たるものゝ、それは権利であると思はれた。
特攻隊は一回にしては済まなかつた。それは二次、三次とくりかへされた。この時インテリゲンツの胸にのみ
真率な囁(ささや)きがあつたのを我々は知つてゐる。「一度ならよい。二度三度とつゞいては耐へられない。
もう止めてくれ」と。我々が久しくその乳臭から脱却すべく努力を続けて来た古風な幼拙なヒューマニズムが
こゝへ来て擡頭したのは何故であらうか。我々はこれを重要な瞬間と考へる。人間の本能的な好悪の感情に、
ヒューマニズムがある尤もらしい口実を与へるものにすぎないなら、それは倫理学の末裔と等しく、
無意味にして有害でさへあるであらう。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

350 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:39:23 ID:3UKbJ42z
しかし一切の価値判断を超越して、人間性の峻烈な発作を促す動力因は正統に存在せねばならない。
誤解してはならない。国家の最高目的に対する客観的批判ではなく、その最高目的と人間性の発動に矛盾を
生ずる時、既に道義はなく、道徳は失はれることを云はんとするのである。人間性の発動は、戦争努力と同じ
強さを以て執拗に維持され、その外見上の「弱さ」を脱却せねばならない。この良き意思を欠く国民の前には
報いが落ちるであらう。即ち耐ふべきものを敢て耐ふることを止め、それと妥協し狎(な)れその深き義務より
卑怯に遁(のが)れんとする者には報いが到来するであらう。
我々が中世の究極に幾重にも折り畳まれた末世の幻影を見たのは、昭和廿年の初春であつた。人々は特攻隊に
対して早くもその生と死の(いみじくも夙に若林中隊長が警告した如き)現在の最も痛切喫緊な問題から
目を覆ひ、国家の勝利(否もはや個人的利己的に考へられたる勝利、最も悪質の仮面をかぶれる勝利願望)を
声高に叫び、彼等の敬虔なる祈願を捨てゝ、冒涜の語を放ち出した。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

351 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:40:13 ID:3UKbJ42z
彼等は戦術と称して神の座と称号を奪つた。彼等は特攻隊の精神をジャアナリズムによつて様式化して安堵し、
その効能を疑ひ、恰(あた)かも将棋の駒を動かすやうに特攻隊数千を動かす処の新戦術を、いとも明朗に
謳歌したのである。沖縄死守を失敗に終らしめたのはこの種の道義的弛緩、人間性の義務の不履行であつた。
我々は自らに憤り、又世人に憤つたのである。しかしこの唯一無二の機会をすら真の根本的反省にまで
持ち来らすに至らなかつた。
軈(やが)て本土決戦が云々され、はじめて特攻隊は日常化されんとした。凡ての失望をありあまるほど
もちながら、自己への失望のみをもたない人々が、かゝる哀切な問題に直面したことには一片の皮肉がある。
我々は現在現存の刹那々々に我々をして態度決定せしめる生と死の問題に対して尚目覚むるところがなかつた。
もし我々に死が訪れたならそれは無生物の死であつたであらう。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

352 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:40:35 ID:3UKbJ42z
(中略)
沖縄の失陥によつて、その後の末世の極限を思はしむる大空襲のさなかで、我々がはじめて身近く考へ
目賭(もくと)したのは「神国」の二字であつた。我々には神国といふ空前絶後の一理念が明確に把握され
つゝあるが如く直感されたのである。危機の意識がたゞその意識のみを意味するものなら、それは何者をも
招来せぬであらう。たゞ幸ひにも、人間の意識とは、その輪廓以外にあるものを朧ろげに知ることをも包含する
のである。意識内容はむしろネガティヴであり、意識なる作用そのものがポジティヴであると説明して
よからうと思はれる。それは又、人間性の本質的な霊的な叡智――神である。(中略)
我々が切なる祈願の裏に「神国」を意識しつゝあつた頃、戦争終結の交渉は進められてあり、人類史上その
惨禍たとふるものなき原子爆弾は広島市に投弾されソヴィエト政府は戦を宣するに至つた。かくて八月十五日
正午、異例なるかな、聖上御親(おんみづか)ら玉音をラヂオに響かし給うたのである。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

353 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:41:05 ID:3UKbJ42z
「五内(ごだい)為に裂く」と仰せられ、「爾(なんぢ)臣民と共に在り」と仰せらるゝ。我々は再び我々の
帰るべき唯一無二の道が拓(ひら)くるを見、我々が懐郷の歌を心の底より歌ひ上ぐるべき礎が成るのを見た。
我々はこの敗戦に対して、人間的な悲喜哀歓喜怒哀楽を超えたる感情を以てしか形容しえざるものを感ずる。
この至尊の玉音にこたへるべく、人間の絞り出す哭泣の声のいかに貧しくも小さいことか。人間の悲しみが
いかに同じ範疇を戸惑ひしてうろつくにすぎぬことか。我々はすでにヒューマニズムの不可欠の力を見たが、
これによつて超越せられたる一切の価値判断は、至尊の玉音に於て綜合せられ、その帰趨(きすう)を
得るであらうと信ずる。人間性の練磨に努めざりし者が、超人間性の愛の前に、その罪を謝することさへ
忘れ果てて泣くのである。この刹那我等はかへりみて自己が神であるのを知つたであらう。人間性はその限界の
極小に於て最高最大たりうることを。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

354 :右や左の名無し様:2010/05/23(日) 23:43:33 ID:3UKbJ42z
(中略)
けふ八月十九日の報道によれば、参内されたる東久邇宮に陛下は左の如く御下命あつた由承る。
「国民生活を明るくせよ。灯火管制は止めて街を明るくせよ。娯楽機関も復活させよ。親書の検閲の如きも
即刻撤廃せよ」
かくの如きは未だ嘗て大御心(おほみこころ)より出でさせたまひし御命令としてその例を見ざる処である。
この刹那、わが国体は本然の相にかへり、懐かしき賀歌の時代、延喜帝醍醐帝の御代の如き君臣相和す
天皇御親政の世に還つたと拝察せられる。黎明(れいめい)はこゝにその最初の一閃を放つたのである。(中略)
青年の奮起、沈着、その高貴並びなき精神の保持への要請が今より急なる時はない。
ますらをぶりは一旦内心に沈潜浄化せしめられ、文化建設復興の原力として、たわやめぶりを練磨し、
なよ竹のみさを持せんと力(つと)めることこそ、わが悠久の文学史が、不断に教へるところではあるまいか。

平岡公威(三島由紀夫)「昭和廿年八月の記念に」より

355 :右や左の名無し様:2010/06/07(月) 11:49:49 ID:0riIuvZu
三島由紀夫『奔馬』飯沼勲のモデルといわれる烈士の自叙伝が復刻。
昭和維新を高らかに謳った憂国の熱情と至純の初恋物語。

影山正治『一つの戦史』(大東塾、発売=展転社)

356 :右や左の名無し様:2010/06/25(金) 11:35:56 ID:lrYekOdZ
現代は全河原乞食、一億河原乞食の時代で、政治家から、経済人から、芸術家から、
なにから、やはり河原乞食だと思うのですね、「葉隠」と較べれば。

三島由紀夫
相良享との対談「『葉隠』の魅力」より


私は人間関係は、みんな委員会になっちゃったというのです。そしてうそですね。
うそでかためれば安全、謙譲の美徳を発揮すれば安全、安全第一。そして人間関係も、
とにかく世論というものをいつも顧慮しながら、不特定多数の人間の平均的な好みに
自分を会わせれば成功だし、会わせれることができなきゃ失敗。これが現代社会ですよ。

三島由紀夫
相良享との対談「『葉隠』の魅力」より

357 :右や左の名無し様:2010/07/02(金) 00:15:32 ID:l+8DiIZX
私は血すぢでは百姓とサムラヒの末裔だが、仕事の仕方はもつとも勤勉な百姓であり、
生活のモラルではサムラヒである。



何ごとにもまじめなことが私の欠点であり、また私の滑稽さの根源である。



孤独と連帯性は決して両極端ではない。孤独を知らぬ作家の連帯責任など信用できぬ。
われわれは水晶の数珠のやうにつなぎ合はされてゐるが、一粒一粒でもそれは水晶なのだ。
しかし一粒の水晶と一連の数珠との間には中庸などといふものはありえない。
バラバラだからつなげることができ、つながつてゐるからこそバラバラになりうる。

三島由紀夫「フランスのテレビに初主演――文壇の若大将 三島由紀夫氏」より

358 :右や左の名無し様:2010/07/09(金) 11:17:53 ID:F0GAgMIo
ヒューマニズムなんて言っていたら、みんな三国人に取られちゃいますよ。(笑)

三島由紀夫
堤清二との対談「二・二六将校と全学連学生との断絶」より

359 :右や左の名無し様:2010/07/13(火) 01:18:15 ID:/rmqiVMI
行動といふものはそれ自体の独特の論理を持つてゐる。したがつて、行動は一度始まり出すと、
その論理が終るまでやむことがない。



目的のない行動はあり得ないから、目的のない思考、あるひは目的のない感覚に生きて
ゐる人たちは行動といふものを忌みきらひ、これをおそれて身をよける。思想や論理が
ある目的を持つて動き出すときには、最終的にはことばや言論ではなくて、肉体行動に
帰着しなければならないことは当然なのである。



行動は一瞬に火花のやうに炸裂しながら、長い人生を要約するふしぎな力を持つてゐる。


真に有効な行動とは、自分の一身を犠牲にして、最も極端な効果をねらつたテロリズム以外には
なくなるであらう。

三島由紀夫「行動学入門」より

360 :右や左の名無し様:2010/07/13(火) 01:18:33 ID:/rmqiVMI
死の向ふ側にわれわれは自分の個人の効果といふものを、あるひは個人の利得といふものを
考へることはできないのであるから、政治的効果といふものは初めから超個人的なところに
求められなければならない。



超個人的な効果をねらつて個人が自己犠牲を払ふといふところにしか、政治的効果がない。



われわれは全く無効だと覚悟した行動にしか真の政治的有効性といふものを発見しないの
かもしれない。



無効性に徹することによつてはじめて有効性が生じるといふところに、純粋行動の本質があり、
そこに正義運動の反政治性があり、「政治」との真の断絶があるべきだ、と私は考へる。

三島由紀夫「行動学入門」より

361 :右や左の名無し様:2010/07/13(火) 01:18:51 ID:/rmqiVMI
賭けとは全身全霊の行為であるが、百万円持つてゐた人間が、百万円を賭け切るときにしか、
賭けの真価はあらはれない。なしくづしに賭けてゐつたのでは、賭けではない。



行動がことばでないと同様に、待機もことばではない。それはただ濃密な平板な、人生で
最も苦しい時間なのである。



自分の美しさが決して感じられない状況においてだけ、美がその本来の純粋な形をとる。



二度と繰り返されぬところにしか行動の美がないならば、それは花火と同じである。
しかしこのはかない人生に、そもそも花火以上に永遠の瞬間を、誰が持つことができやうか。

三島由紀夫「行動学入門」より

362 :右や左の名無し様:2010/07/13(火) 01:19:08 ID:/rmqiVMI
どんな変革も、個人の心の中に初めてともつた火から広がつていくものだ。



すべてのものに始めと終りがあるやうに、行動も一度幕を開けたらば幕を閉じなければならない。
行動は、たびたび繰り返したやうに、瞬時に終るものであるから、その正否の判断は
なかなかつかない。歴史の中に埋もれたまま、長い年月がたつても正当化されない行為は
たくさんある。



行動はことばで表現できないからこそ行動なのであり、論じても論じても、論じ尽くせない
からこそ行動なのである。

三島由紀夫「行動学入門」より

363 :右や左の名無し様:2010/07/26(月) 11:49:01 ID:1VH6jpPG
私は、自分の帰つてゆくところは古今集しかないやうな気がしてゐる。その「みやび」の裡に、
文学固有のもつとも無力なものを要素とした力があり、私が言葉を信じるとは、ふたたび
古今集を信じることであり、「力をも入れずして天地(あまつち)を動かし」、以て
詩的な神風の到来を信じることなのであらう。



文化の爛熟とは、文化がこれに所属する個々人の感情に滲透し、感情を規制するにいたること
なのだ。そして、このやうな規制を成立たせる力は、優雅の見地に立つた仮借ない批評である。

三島由紀夫「古今集と新古今集」より

364 :右や左の名無し様:2010/07/26(月) 11:49:23 ID:1VH6jpPG
古今集は何といつても極端だ。論理的にも一貫してをり、古今集の「みやび」が何を
意味してゐるか、私にもわかるやうな気がする。すなはち、この世のもつとも非力で優雅で
美しいものの力、といふ点にすべてが集中してをり、その非力が精巧に体系化されてゐる点に、
「みやび」の本質を見ることができるからである。
…そのやうな究極の無力の力といふものを護るためならば、そのやうな脆い絶対の美を
護るためならば、もののふが命を捨てる行動も当然であり、そこに私も命を賭けることが
できるやうな気がする。現代における私の不平不満は、どこにもそのやうな「究極の脆い
優雅」が存立しないといふことに尽きる。

三島由紀夫「古今集と新古今集」より

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